雑文・日記など | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

雑文・日記など

歌集の感想について

難しい時代になりました。誰もが情報を発信することが出来るようになって、誰もがメディアだけではなくて、その他のネット上のオピニオンリーダーみたいな人が数多く出てくるようになって、様々な角度から、様々な問題について意見を述べています。そしてその意見があちらこちらに拡散して、いまyoutubeを見ても、ツイッターを見ても、いろいろな言動の人がごっちゃになって入り乱れている、そんな時代になってしまいました。

情報の戦国時代といいましょうか。

中には眼を疑うようなものもありますし、聞くに耐えないようなものも多くあります。

そんな中で、自分が最近痛感しているのは、自分の中の弱さというか、ちょっとした情報に過敏に反応してしまう自分の心の弱さのようなものです。

そして同時に、情報発信者としての自分の声の小ささというか、影響力の低さのようなものです。

(僕は毎日ツイッターのフォロワーさんの人の会話を眺めたり、羨ましく思ったり、これはひどいと思ったりして、1900人分全員チェックしたりしていた時期もありましたが、とんでもなく疲れる作業なので、今年に入ってからはもうしていません。個人が許容できる情報の量の限界を、あきらかにオーバーしていると思います。)

僕自身、これから何を書くかはよくわかっていないのですが、おそらく「誠実さ」のようなものについて語りたいのではないかと思います。

去年まで僕は「自分の中で」は誠実に、いただいた歌集については全力で歌の感想をブログに書いていましたが、岡大短歌さんの感想を書いた以後の歌集については、感想を書くことをためらっています。

自分の感想が、とても批評的になってしまうことを恐れるからです。

もしかして僕に歌集を送ってくれる人は、そんなことを望んでいないのではないのか。

ただ一読して、好きな歌をいくつかツイートしてそれで良いのではないか
とかいろいろ考えたりしました。

これだけ情報が入り乱れて、まあ歌集の感想についてはたいていささやかに好きだというくらいの感想が流れているだけなので、コミュニティというか、好きという共同体を壊してまでも、あえて批判的なことを書く必要があるのかどうか。自分の文章が、もしかして誰かにとって暴力になりうるかもしれない。それが「誠実な」文章のあり方だろうか。

ということについて少しためらっています。

去年についていうと、彗星集の仲間の歌集も含めて、実はたくさん歌集を送っていただいたのですが、どうも自分のなかで今「なんでも書く」スタイルを続けることが、必ずしもベストだとは思えずに、かといってスルーするわけにもいかずに、とまどっています。

ツイッターについてもそうです。

最近自分の身の回りでは排外的というか、ちょっと相手を貶めることで自分に有利な言説になるように仕立て上げるような言い方がものすごく目に入ってきます。

世の中のことについても、なんだか今まではすごく楽観的で、僕一人くらい攻撃的な事を言っていてもまあいいか

くらいに考えていたのですが

どうもそうではない。おかしいぞ。

と思っているうちに、あれよあれよというまにインターネットと言うメディアが、とても攻撃的になってしまいました。

僕は、そろそろ穏やかさとか優しさというものを大切に生きていきたいというふうに思うようになってきました。

ネットの上でも、頼まれもしない「感想」を書き続けても本当にいいのかどうか。
自分自身のあり方が少し見えなくなってきています。

そういう訳で、いま、僕は自分自身の「ためらい」のようなものと格闘しながら、ひそかに沈黙しています。

できれば、どういうふうに話をすればいいのか、誰かに教えてもらいたいという気持ちでいっぱいなのです。

ということで、アプローチの方法が見つかるまで、まだ少し言葉の扱い方について、考えさせていただきたいと思います。

ツイッターでは伝わらないと思うので、長々と文章を書きました。

事実上は、今現在もブログを休止している状態なのですが、
あらためて、暫くの間、ブログを休止させていただきたいと思います。

最終的には、ネット上に歌集の感想を書き下ろすことは、もしかしたらもうないかもしれません。

もし差し支えなければ、ツイッター上でも、どなたかご相談に乗っていただけると嬉しいです。
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めでたい

実はこのあけましておめでとうがいちばんよくわかっていないかもしれないにしまきです。

ところで、どうしてあけるとめでたいのですか。

なんかめでたい系のイベントの意味がいまいちよくわかっていない。

授賞式とかいろいろめでたい系のイベントがたくさんあったのですが
意味がよくわからず。。。

そもそも

めでたいってなんじゃらほい?

と、語源辞典をしらべてみたりしてみる。

めでたいは「愛づ」

からきているらしく、すばらしい

賞賛に値するほど立派だ!

の意味らしい

ほう。

新年おめでとう

ではなく

新年すばらしい!!



正しい用法らしいですな。

ということで新年をせいいっぱいほめてみます。


新年すばらしい!!

新年。きみはほんとにすばらしい!!

うむむむ。。。

なんか意味がわかってきた。

なんか「めでたい」ってこころがこもっていなくてですね。
好きじゃないんです。

賞とかとったひとも、「おめでとう」なんて言うべきじゃなかったかな。

そのほか賞とったたくさんの歌人のみなさん

「すばらしい!!」

すばらしいです。

メリークリスマス



最近短歌を発表してないので

ブログだけ

最近ひさしぶりに口語で作った10首を

発表してみます。クリスマスなので。って関係ないか。
     
          旅の歌

・集中力を3000円で売っている ぼくんちはゆうれいがでるらしい

・扉にそっとはさまっているガス料金のお知らせをゆびとゆびではさんだ

・検査結果が狂とでましたおみくじが凶とでるよりすさまじいこと

・酢を入れて下さい絶対に酢なんですとにかく口を開けておくから

・言葉で自分を刺したりしたら知らぬまに10回ぐらい死んでいました

・こころとか、たましいだとか、むなしいね シンクでひかるおさらを磨く

・世界へのきんぱくかんや、きんぎょばちかぶったままの旅をしている

・ねえ社会詠って社会を変えるために歌うんだよねきっとそうだよねアトムの妹がウラン

・メンタルが、おかしい、日本人はメンタルがおかしいゆうぐれの蜆蝶

・どんなところへ旅にでたってきんぎょばちとらないかぎり街はみえない

趣味は分析

ご趣味は…? と聞かれて、

えーっと、

温泉巡りでしょ
紅茶入れることでしょ
読書
映画鑑賞
文学
哲学
社会学
占い
競馬
心霊スポットめぐり
音楽鑑賞
アニメ
特撮

っていろいろ上げてきました。

ここにサッカー観戦とか短歌まで入れると、履歴書の「趣味欄」に書くことがなくなってしまう。

だいたい面接とかにいくと、

「まあ、典型的な「文系」の方ですね。多趣味ですね」

と言われてきましたが。

どーも違う。

じゃあアニメファンと話がかみ合いますか?

と言われると、

「いや、唯ちゃん萌えるね」

じゃなくて、

「けいおんの物語の構造はすごく「成長しない日常を書いたもので…」」

みたいな語りが入ってしまうし、

競馬ファンが熱く「武豊が、血のドラマがっ…」って語っている横で、

「第8レースは500万下条件戦ダートなので先行有利内枠で…」

っておやじみたいなものいいをするかと思えば、

「紅茶おいしいですよね。ダージリンとか好きです」

と言う人の前では、

「この前キームンとヌワラエリアを足してミルクをくわえて見たら…」

ってやってしまうし、

占いとかも気がつくと朝まで熱中して姓名判断の画数とかみんな覚えていつのまにか

「あなたは不幸になります」

と言っているし、

「温泉気持ちいいなあ」

と言っている人のとなりで、

「こっちのお湯は炭酸カルシウム泉で肌にいいけどぼくは○○温泉の単純アルカリ性のお湯が…」

とやってしまうので、

どーもかみ合わない。

なんというか。

一回興味をもったことにのめり込んでしまうし、いつの間にかご飯食べるの忘れた、とかあるし。

気がつくと1年か2年ぐらいで飽きてもう別のところにいく。

別に記念品を集めるわけでもないし(集めてもなくす)

すごく文系みたいに見えるけど、どうも「趣味」という属性でものごとを考えると、大きく世の中とずれるようだ。

違うんだ。多分。

もともと発想が文系じゃなくて、理系発想なんだ。


履歴書欄には、

「性格・趣味」

みたいなことしか書かれていない場合があるので、

趣味をずらっと書き出すのをやめて、趣味をしながらそこのどういうところが好きか、を考えると、なんとなく共通した特徴が見えて来たような気がする。

コレクションが好きですか?→これ収集癖

それとも

恋愛モノをみて涙を流すのが好きですか→これ感動体質

突然アニメのセリフを夜中に絶叫しますか→これなりきり型

突然ぽかんとレオ様について思い浮かべて夜も寝られないことがありますか→これ空想癖

とか、オタクとかコレクターとかいろいろな「趣味体質」の人を比較していくとどうもそれとも当てはまらない。

で、いろいろ迷ったあげくひとつの性癖が自分に見えてきました。

温泉でアルカリ性とか温泉の地名に注目し、
心霊スポットはひたすら場所を地図化しようとし、
占いは画数とか覚えちゃってそれで人を診断してしまうし、
アニメ音楽映画は突然「他のアニメや音楽との比較」を始めてしまうぼくは、

どうも趣味は

「分析」

らしい。

ということ。

なのでいろいろ書くのはやめて、

ひとこと

趣味は分析です。

と書くことにした。

一昼夜紅茶の茶葉をブレンドして10杯以上飲んで倒れたこともあるし、

信長の野望やったらゲームそっちのけで史実かどうかを確認するために県立図書館までいってしまって地域史を勉強し始めてしまうし、

もうもともと、分析体質なんだな。これは。

もう何も分析することがないと自己分析して止らなくなってしまい、睡眠薬が必要になるし。

「cocoaさん、街をみていて前の女の子がかわいいとか思わないんですか?」

と聞かれて、驚いた。

「え、みんな電車のなかとかで「あの女の子かわいい」とか言葉にして考えてるんですか…」

「はへ。何を考えてますか?」

「いや、服装がどこのだろうとかどこから来たんだろうとかいろいろ考えると中国と日本の貿易問題に行きついたりします…」

ずれてます。ずれてます。

今日も会話は世の中とかみあいませんでした。。。

まあ取りあえず素直に今日も「ぼくは世の中とどこがずれてるのか」分析しながら寝ることにしました。

おやすみなさい。
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