大辻隆弘の第一歌集『水廊』は、私にとってももっとも忘れ難い歌集の一冊である。

一読したとき、「ああ。これは、自分じゃないか」と、(勘違いも甚だしいが)何度も何度も読み返したものだ。この小文を書くためにまた繰り返して読んだが、300首近くある歌のなかで、付箋がつかない歌を探すのが難しい。

ざっと読むだけでも、80首程度の歌が、ほぼ○で埋まった。

愛する歌集であるだけに、代表歌をあげることも、客観的に批評することも、歌集から受ける私のてざわりをどうしても損なう気がして、なかなか難しい。

ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、私の眼の前にあらわれた大辻は、「水」と「ひかり」と「雨」と「夜」の歌人の姿をしていたような気がする。

・癒えゆくにあらねど冬のひかり降る埠頭にこころあそばせてゐつ

・ゼフュロスは雨をたづさへ街路樹とわれらを濡らす、別れを言はう

・ひそやかに樹界うるほふ霧の夜を眠らな 深き眠りはわが巣

・朝の樹にきらめき返す水の襞 うつむいたまま夏が終るよ


(『水廊』より)

やわらかく、重厚な文語で歌われる大辻隆弘の作品世界のなかで、あこがれや癒撫といったものの象徴として、頻繁に「水」や「ひかり」といった語彙が使われ、同様に存在の深部や、無意識のイメージとして「夜」の歌が頻出する。

私は、「水」や「ひかり」といった言葉がもつきらきらとしたうつくしさに強く惹かれたし、同様に「雨」や「夜」といった言葉がもつ、ハイデガー的とでもいえるような重厚さにも強くうたれた。

大辻が歌うものは、若さであり、青春であり、あこがれであり、癒しであり、同時に存在の深部にとどくような、闇だった。


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