2008年10月 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

2008年10月

わかものうたの未来・口語の未来

わかものうたの未来・口語の未来                                               
(初出:2007年10月28日 彗星集4周年記念歌会発表原稿)
 
Ⅰ・ライトヴァース

「前衛短歌が、喩法・主題制作・私性の超克など様々な方法上の問題を明確にしながら、作品として提示していったとことは史的事実である。が、唯一口語体だけは、作品として結実しなかった。口語体というのは、前衛短歌の最後のプログラムだった。」(加藤治郎『TKO』より)
 
ライトヴァースによって現代の私たちが普遍的に考えている口語体が出来上がったと言っても間違いない。
しかし、「口語短歌」そのものは短歌史のなかでも繰り返し試みられてきた話題であったのだ。

たとえば、戦前のプロレタリア短歌では、「アララギ派」をはじめとした伝統的な文語定型の短歌を「ブルジョア的」として非難し、大衆のための文芸(プロレタリアートのための文芸)として口語短歌を位置づけようとする試みがあった。

・朝日を読むな勝つまで読むなのビラが来た号外よりビラを先に張らう(坪野哲久)

また、昭和4年、(プロレタリア短歌とほぼ期を一緒にして)北原白秋の飛行詠などが新聞紙上に発表されて話題になった。

 ・自然がずんずんからだのなかを通過する―山、山、山。(前田夕暮)

これらの短歌では、口語短歌運動としてだけではなく、自由律短歌の考え方としても結びついていために、定型との親和性を放棄した形での作品が多く見られていた。また、プロレタリア短歌では、「大衆性」の基本を「労働者階級の問題」と強く結びつけたため、歌材の選択そのものがきわめて限定的になってしまう恨みがあった。

ライトヴァースでは、これらの問題を前衛短歌の影響を受けながらクリアしていき、定型との親和性を持つ話体を独自に開拓していったと考えられるだろう。また、歌材の選択の幅も、恋愛をはじめとした自由な話体を開拓していった。

・バックシートに眠ってていい 市街路を海賊船のように走るさ(加藤治郎)
・「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(俵万智)

岡井隆はこのように言っている。

「ライトヴァース派には、多かれ少なかれ、作者(作中主人公といったほうが正確だが)にまつわる〈物語〉のイメージが濃厚だった。作者は架空のであれ事実のであれ〈物語〉の中に在る。これは、近代短歌が既成概念とした、歌による〈人生記録〉の思想を、うらがえして利用したものである。ライトヴァース派が口語(というより話体といったほうが正確だが)を短歌に導入して成功したことは定説だろうが、読者は、この話体を主人公たちの劇中のセリフとして聞いていたのである。」 (岡井隆)

ライトヴァースは、私と作品が密接に結びついていた過去を自由にし、短歌で歌われている世界自体が、日常とは別個の世界を作りあげることに成功した。また読者が想像することによって、歌の背後のシチュエーションを補っていく構造を作りだすことで、独自の作品空間を作りだすことができるようになった。

たとえば、一首目で歌われているのは、どこかの車のなかのシーンを切り取ったものであるのだろう。シチュエーションに関する情報を、読者が自由に想像することが許されている。

また、これらの歌は、加藤治郎、俵万智といった個々の作者を超えて、普遍的な作品空間へと言葉を押し上げることに成功している。

80年代はポストモダンブームの中で「作者の死」ということが盛んに言われていたが、これらの近代文学的な批評タームと、短歌の潮流も無縁ではいられなかったのである。


Ⅱ・ポスト・ニューウェーブ

これらの口語短歌の伝統を踏まえて、新たな口語短歌の開拓を目指した世代として考えられるのは、1994年に登場した世代だろう。

1. フラット化の時代

現在では40代に突入しているこれらの世代では、ニューウェーブの影響を受けながら、ニューウェーブに対して微妙に否定的なスタンスをとることになる。たとえば、この世代の代表的な歌人である松村正直、枡野浩一といった二人の論を見てみよう。

「ニューウェーブ以降の世代である私たちは、彼らのこうした現状や態度を、しっかりと認識するべきなのだと思う。そして彼らの行き詰まりの原因を一度よく考えてみる必要がある。その上で、真に良い歌を作ろうとするならば、たとえ保守的・復古的というようなレッテルを貼られようとも、彼らとは違う道を選ばざるをえない。ここ数年に出た歌集を読む限り、多くの若手歌人が既にそのことに気付いている。ニューウェーブの時代はもう終わったのだ。」(松村正直「角川短歌2002年」)

「穂村弘の短歌を今まさに好きでいる人たちは、すこやかさが嫌いなのかな。いや、現代に生きてる人はだれもが病んでるんでしょうけど。「大丈夫なのかなあ、飲んでる睡眠薬の強さを自慢するようなこと書いて」とか、「そんな透明っぽいペンネームでいつまで生きていくの?」とかって、大きなお世話みたいなことをつい言いたくなってしまう。私がある時期から穂村弘ファンの集う掲示板に顔を出さなくなったのは、あそこにいると余計なことを言って彼らを傷つけてしまいそうだし、結果として自分自身も傷ついて駄目になりそうだったからです。」(枡野浩一40000字インタビュー「早稲田短歌2002年」)

松村と枡野は、一見対極的に見える歌人だが、実はニューウェーブに対して共通した感覚を抱いていると私は考えている。興味深いのは、松村正直のこの「ニューウェーブはいらない」という論に対して、やはりニューウェーブ世代と考えられる大辻隆弘がこのような反論を寄せていることだ。

「私が強烈な違和感を感じたのは、松村のニューウェーブ短歌に対する認識の甘さである。松村はニューウェーブ短歌をきわめてテクニカルな側面からしか見ていない。「口語・オノマトペ・記号」などの手法のみが、松村にとってのニューウェーブであり、そこには「私」の存在はない、と考えているようだ。
 冗談を言ってはいけない。と思う。『マイ・ロマンサー』をもう一度開いて読んで見るがいい。そこには、普段の日常の意識のなかでは気づかない不気味な「私」の無意識的な深層が、圧倒的な暴力性をもって顕在化しているはずだ。」

私が特に興味を挽かれるのは、大辻隆弘が『不気味な「私」』と言う形で、ニューウェーブ短歌に「私」の存在を認めていることだ。おそらく大辻の指摘は正しい。松村の内部には、不気味な「私」は存在していないし、それは枡野が、「すこやかさ」と呼ぶものと同義であると考えていい。

私は、これらの「不気味な「私」」と呼ぶものの不在を持って、松村、枡野の短歌を否定する立場に立つことは慎重になりたい。穂村、加藤、荻原、大辻といった世代にあって、松村、枡野の世代にないものに、注目したいと思っている。むしろ、松村、枡野は、このような「不気味な私」から無縁でいられたからこそ、次代に口語短歌を拡張することが可能になったのではないだろうか。

特に枡野浩一の場合、短歌の大衆化と言う点で、近年でもっとも成果を挙げた歌人として知られるようになった。

枡野、松村と同世代の男性歌人として、千葉聡の名前もここに加えておきたい。彼らの短歌の特徴は、「短歌の共感可能性」を押し広げたことにある。

・二年間暮らした町を出て行こう来たときと同じくらい他人か (松村正直)
・それ以上言わない人とそれ以上聞かない僕に静かに雪は   (松村正直)
・こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう (枡野浩一)
・かなしみはだれのものでもありがちでありふれていておもしろくない (枡野浩一)
・蛇行せよ詩よ詩のための一行よ天国はまだ持ち出し自由 (千葉聡)
・遠ざかる光 これから僕がゆく道を照らして電車は消えた  (千葉聡)

これら3人の歌は、読者が理解するのに難しい強烈な比喩だとか、読者の想像力を超えてくる先鋭的な比喩を極力避けている。文体も、想像力の飛翔からははなれて、きわめて着実な印象を受ける。

荻原裕幸は枡野浩一の作品を、「作家の自己表現でありながら、同時に読者が自身の言葉だと錯覚するような場所で共感を誘発する文体がある。」(短歌ヴァーサス4号)

というふうに批評している。

枡野は、自信の作品を読ませるとき、枡野浩一の声というよりも、私たち自身の声としてこれらの作品を読むことができるような仕組みを、自己の作品の「文体」のなかに取り入れることに成功した。「かなしみはだれのものでも~」と読んでいくとき、そこにある種の感動があるとすれば、それが文体がもたらす共感可能性であると指摘することができよう。

以前、大衆性とは、「純文学に対する大衆文学」というように、「マスとしての大衆」を全面的に主張するような
ものであったかもしれない。しかし、枡野が体現している大衆性は、読者一人一人の内部に浸透させていくような巧妙なものだ。枡野の作品には、作者と読者の間にあるはずの、ある種の距離感が一切存在しない。そのことは、大衆性の変質を私たちに示唆させてくれるが、このことはここでは詳述しない。

千葉、松村においても、自己像の構成の仕方は、「日常的な私」から離れようとしない。そのことは、口語短歌を基盤に、きわめて普遍的なイメージで構成される「私像」を提示し、読者との距離感を埋めようとする試みであるように思える。

2・女性文体の浸透

ライトヴァースやニューウェイブ、それ以降の枡野や松村が推し進めた口語短歌運動が導入した修辞や、文体レベルのテクニックの進展は、2003年以降、むしろ女性歌人たちに多く受け継がれることになる。

・左手が微妙な位置に浮いたままなにも言えずにくちづけをした (加藤千恵)
・3回も食事したからバレてるよ 生春巻きと私が好きね (佐藤真由美)
・感覚は枯れてゆくから 明日君にシマトネリコの木を教えよう (永田紅)
・この道は春に花降る道となる パラダイスとは変化するもの (天野慶)
・嫌いって言えないジンに浮いたまま拾い上げないライムの輪っか (佐藤りえ)
・歯みがきをしている背中抱きしめるあかるい春の充電として (伴風花)
・今を割り今をかじるとこんな血が流れるだろう砂漠のざくろ (盛田志保子)

これらの歌人たちの短歌の差異を指摘する余裕はないが、いわゆる「女性一人称の口語体」への親和力、情景と比喩のバランスのよさをあげることができるだろう。個々の作家としての価値判断はおくとして、総体として語るとすれば、これらの歌人たちはそれぞれ口語体とレトリックのバランスで勝負をしていくことになるのだが、短歌世界に新たな何かを持ちこむという方法で勝負する歌人たちではなかった。

2003年以降、これらの歌人の影響をうけた歌人たちが次々と登場するが、方法的には喩性と文体のバランスがとれすぎていて、どれも同じ歌に見え、一昨年ぐらいからこのレベルで同じ歌を投げ込んでいくだけでは通用しない、という状況が生まれ続けているように感じる。

たとえばいわゆる「投稿歌人」「ネット歌人」と呼ばれる人たちのなかにも、これらの技法を駆使する歌人たちが登場してくると、「オリジナリティのある歌人」を見分けることが非常に難しい時代に突入しているようだ。


(参考:ネット歌人の作品)
・ シロツメクサ抱えて歩く保健室がないから頭痛もしない春です (宮田ふゆこ)
・ あさがおの双葉のような始まりに鳥たちはもう帰りたくない (橘こよみ)

口語短歌は、現在に至るまである種の飽和状態が生まれていると考えてもよいだろう。

3・口語短歌の可能性

これらの飽和状態にある口語短歌を差異化していく方法として、幾人かの特殊な歌人たちが独自の技法を追求していくにいたった。これからの口語短歌の可能性として、幾人かの歌人たちをあげていき、その可能性を指摘することで本稿を閉じたい。

(1)言葉の関節を外す(斉藤斎藤の戦略)

今までのポストニューウェイブ第一世代の文体をたくみに借用し、そこからずらすことでオリジナリティを主張するという方法に、斉藤の独自の戦略がある。

・いけないボンカレーチンする前にご飯よそってしまったお釜に戻す (斉藤斎藤)
・そうさぼくらは世界に一つだけの花ぼくらはぼくを束ねるリボン (斉藤斎藤)

既存のフレーズを上手く借りてそこからずらすことによって批評性を生み出す独特の技法や、比喩をつかった表現を極力さけ、「お釜に戻す」「向こうから人」のような即物的な表現を大胆に導入することで、いわゆる予定調和的な口語短歌の回収のされ方をずらしていく方法は、斉藤の独壇場になっている。
たとえば、突然始まる情景描写から、むき出しのものをぽんと投げることで、比喩からずれた言葉の圧力を生み出すという独特なタッチの作品群は、斉藤の新たなレトリックの可能性を感じさせるものだ。

・鳴くだけの事ぁ鳴いたらちからをぬいてあおむけにおちてゆく蝉ナイス
・ゆうやけのなか川べりの道を行き止まれと言われ止まる全体

ここでは、「ナイス」、「全体」という言葉の圧力に特に注目しておきたい。

2・言葉をフラグメント化する(今橋愛・飯田有子)

二人とも、独自の方法意識で口語を非日常の領域へ押し上げることに成功した歌人である。

・「水菜買いにきた」/三時間高速をとばしてこのへやに/みずな/かいに。 (今橋愛)
・うしろてに/てすりさがしても/きたみちは砂です/思い出せない本です (今橋愛)

今橋短歌の場合、「思い出せない本」や「みずな」「かいに」といった、空間と言葉の飛躍を徹底化した表現に特徴がある。多行書きを活用して、言葉と言葉の間隔を上手く飛ばしてゆくことによって、今までにない意識の分裂を表現している。

・たすけて枝毛ねえさんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中に撫でまわす顔 (飯田有子)
・投与のことも水音と呼ぶ夕ぐれにどこでおちあう魂だったの (飯田有子)

飯田短歌では、今までのように状況が良くわかって比喩もバランスも良くて、といった方法ではなく、全面比喩のような方法で言葉自体の圧力に賭けていくような歌の作り方をしている。言葉をフラグメント化していくという点で、言葉の出し方は違うが、二人とも口語短歌をさらに過激化させた戦略としてありうるだろう(ただ、この方法は既に穂村弘という偉大な先駆者がいるが)

3・口語短歌による社会=世界へのアプローチ

・かみくだくこと解釈はゆっくりと唾液まみれにされていくんだ中澤系)
・二十代凶悪事件報道の容疑者の顔みなわれに似る(松木秀)

口語短歌は恋愛がモチーフになることが多く、社会性や世界性へアプローチしていこうという動きが今まであまりなかった。あまりそれほど多くなかった。中澤系をはじめとして、こういった社会的、哲学的なモチーフで口語を駆使する方法にも可能性があるのではないか。

4・マックスが異なる歌

兵庫ユカ、佐原みつる、といった歌人たちは、今までの短歌で「歌の核心になっている」部分を意図的にずらすことによって、あらたな完全口語の表現を開拓しようとしている歌人というふうに考えることができるだろう。

・受け入れるだろう ケーキの紙箱の片側をこう開く感じで (兵庫ユカ)
・今はまだ口にできないことだから袖口の白い釦に触れる (佐原みつる)

たとえば、「市街路を海賊船のように走るさ」というとき、歌の核はあきらかに「海賊船のように」という比喩のマックス部分におかれていた。しかし、兵庫短歌、佐原短歌では、歌の核心にあるのは、「こう開く感じ」であり、
「今はまだ口にできないこと」である。

今までは歌の核心が一つのカタルシスであり、そこにむけて表現を研ぎ澄ましていくような作歌方法が普通だったが、これらの歌人には、歌の核心部分が、非常にささやかなことであり、そのようなカタルシスとは無縁である。技法的に強引に説明すると以上のようになるが、これらの歌が現在の若手歌人の「すこやかさ」とは程遠い実存意識と結びついていることは疑いようがない。


・真水から引き上げる手がゆっくりと私を掴みまた放すのだ (笹井宏之)
・こんなにもピアノになって氷片を海に散らし続けるピアニスト (高田祥)
・ミサイルが飛ぶように海鳥が飛ぶ愉快な時代にみんな生まれて (細見晴一)


 これから口語で歌を作っていく場合、自らの立ち位置を正確に理解し、次にどのような歌を投げ込んでいくかという才能が必要になってくると考えている。

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現代詩文庫「河津聖恵詩集」とどく




現代詩文庫『河津聖恵詩集』





河津聖恵さんは、自分がもっとも尊敬している詩人さんのひとりです。

読めてうれしい。

         ※




駅名。
どんな夢のいいまちがいなのだろう。
もとめるほど水めいて読みとれなくなる名前

(でも、すべての言葉はつねにそうだったのではないのか)
(もとめるほど意味は水になり)
(疲れた広ごりになり)
                 詩集『夏の終わり』より


ああ。意味に還元されない衝迫のある言葉を追及することというのは、
ほんとうに素晴らしいとおもう。

自分は短歌を作っていますが、自分の短歌は、歌人というより、河津さんをはじめとした詩人さんのほうに強く影響を受けている気がします。

初出 (mixi日記:2008年01月06日)


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「思想地図」









東浩紀・北田暁大責任編集の「思想地図」という思想雑誌を買いました。

第一回のテーマは、「国家とナショナリズム」

どの執筆者も、若い。

平均執筆年齢が35歳というけど、35歳から下の若手の文章って、どの人の文章をとってみても、僕とほ ぼ共通の問題を抱えている気がする。

非常に難解な思想言語がどこどこと出てくるのだけど、 ぼくにはとてもしっくりと理解できた。

日記用に、ものすごく専門用語を使わないでかいてみる。


1990年代に大学に入って、ある程度の思想の勉強 してきた人間は、"社会構築主義"(social constractionism) の影響をもろに受けてきた。

その「考え方」は麻薬みたいなもので、そこからどうやって脱出するのか、というのがぼくら若い学生の前に立ちふさがっ た大きな課題だったのじゃ。

まあ、「戦犯」という言い方はおかしいのだけれど、こういう 考え方を世に広めたのは、柄谷行人という批評家である。

今でも名著として知られているが、柄谷行人の『日本近代文学の起源』を始めて読んだとき、僕のなかで何かがひっく り返った気がした。

すごく要約すると。

柄谷は、「告白という制度」のなかで、

「近代以降、自己を物語化して告白することによって、 逆に内面という考え方が発生した。そもそも内面なんてもの は、近代以前は存在しなかった。」

という考え方をする。

この考え方の文法はむちゃくちゃ強力なのである。

すっごい強引にわかりやすくする。

「つべこべ悩んでるんじゃないよ。

「自分がどう見られているか」

とか、

「自分がどんな問題を抱えているか」

なんてものは、「語ること」で始めて誕生するのじゃ。

「自分の内面を語る」という行為そのものがなかった時代 は、そもそも悩みなんてもんはなかったんだ。元気だそう ぜー」

みたいな思考パターンなんだけど。

こういう思考パターンは、大学で鬱病に悩んでいる青年たちには効果てきめんなのである。

そして、これ、ものすごく簡単にいろいろなことに当てはめられる。

実際、柄谷は、「日本近代文学の起源」のなかで、

「源氏物語はもともと文学ではなかった。そもそも、 近代以降、文学史ができてから、井原西鶴や源氏物語が 「文学」として位置づけられた。

文学史を作ることで、文学が誕生するのである。」

というこれもまたものすごいひっくり返しを行う。

「近代に○○することで、私たちの常識が作ら れてしまった。私たちの常識は、実は大昔からあった
のではなく、むしろ明治時代にできたんだ。」

という思考パターン。

これを突き詰めていくと、

「歴史とか伝統というものは、人間が全て人為的に作った ものにすぎない。」

という考え方になる。

すごくアナーキーだが、これまた強力なんだな。

で、90年代は、この思考パターンがとにかくはやった はやった。

「~の発見」とか「~の誕生」みたいな研究が、
どかどか出ました。

"児童の誕生"

「そもそも子供という考え方は、明治以前には存在しなかった。 明治以降に「学校」という仕組みができてから、はじめて子  供という発想が"誕生"たのだ。  「子供」という発想が生まれる前は、子供はみな、「小さな大人」だったのである」

とか。


"青春の誕生"

「せーしゅんってさ、13歳くらいで結婚してた江戸時代の  人にはそもそもなかったんだよねー。だって、青春になる  前に結婚がまずある。自由恋愛とか、そういう「個人」と してがんばろう。という考え方が輸入されてから、恋に悩 む若者が生まれたわけで」
  
とか。

そもそも○○は、と言い始めるあたりから、

「ちょっと構築主義チック」な考え方がどこどこ出てくるわけ でして。。。

で、これをどんどん突き詰めていくと、ぼくたち、やっぱり 鬱になってくるわけですよ。

あれも「人工的にできてきた」、これも「人工的にできたものだ」
「そもそも僕らの考え方も人工的なわけでしょ」

みたいな感じになると、何もできなくなってしまう。

確かにそれは「思想的には正しい」のかもしれないけど、じゃあどうすんのよ。という処方箋をあたえてくれるわけではない。

実際に行動する上でプラスのモチベーションにはならないわね。

で、元気出そうぜ-。と柄谷に言われて、ぼくらも元気になったつもりでいろいろ考えていったんだけど、

結局、思想的には「全部作られたものなんだよね」という結論になってしまう。

だから、いまさら何かをがんばって研究する必要はないじゃん。

ということで、

勉強すればするほど、もっと深刻な鬱病にかかってしまうという。。。
『ポストモダンの悪循環』。と言われる現象が起きるのです。

(典型的なのが僕でした)



「思想地図」は、おそらくそんな90年代を過ごして来た人たちが、

「じゃあ、わかった。わかった。世界が、全部作られたものだ というのはわかった。じゃあそれでどうするのよ」

という新しい考え方を提示していくという壮大な思考実験。

この人たち。あたまいいわー。

前半のシンポジウムで、ものすごい入り乱れていっぱい討論をして いるんだが。。。

いやー。あたまよすぎて何を話していたのか要約できん。。。

ただ、評論が20本くらい書けそうなくらいアイデアをたくさん もらった。

1500円。安いです-。

強く強くおすすめしますですー。
〈初出・mixi日記 2008年6月11日)

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魚村晋太郎第二歌集『花柄』批評会











先週の日曜日は神保町で、魚村晋太郎さんの第二歌集『花柄』の批評会。ほぼ満席の盛況ぶりで、やっぱり注目度の高い歌集なんだなあということが伺えた。

いつも批評会というと1時から始まるのが通例だと思うけど、何か事情があったのか午後2時から5時という時間になっている。パネリストもいわゆる「パネリスト」ではなく、「基調発言」という名前になっている。

ディスカッションの時間や会場発言の時間がその分減ってしまっていて、少し残念な感じがした。

その「基調発言」は穂村弘さん、花山周子さん、田中槐さん、島田幸典さん。途中でへろへろになってしまったため、議論の理解力にあまり自信がない。こんな頭で詳しく話をまとめるのは大変申し訳ないのですが、いくつかの問題が提示されていたように思うので、私なりの理解ながらまとめさせていただきます。

(また、歌集『滴る木』で有名な吉野亜矢さんがご自身のブログ「機敏な仔猫何匹」で、的確なまとめをされておられますので、詳しいまとめはぜひご覧ください。)

①第一歌集にはなかった、相聞的な甘ったるい歌を許容するかどうか

②文体の問題

①は、穂村弘さん、花山周子さんが特に「否定的」な立場にたたれておられ、会場発言はどちらかというと肯定的、また、田中槐さん、島田さんは「同情的」とおっしゃっておられたように思う。

たとえばこんな歌。

濡れた刃のにほひをふつとおもはせる肌、もういちど抱きよせるとき「尾翼」

嘘つきのスキンシップはあたたかくミルクは薄い膜を浮かべる「尾翼」

つらい夢を幾つも見たといふやうな顔して口を押しつけてくる「右手」

穂村さんいわく、「とてもレトリシャンとは思えないほど、いや、レトリシャンだからこそ類型的・通俗的」と指摘されていたが、第一歌集の『銀耳』とは違い、少し甘ったるい感じの類型的な把握が見られるというあたり。花山さんもたとえば

扉のない部屋に九月の陽はさしてゐててのひらをかさねるあなた「尾翼」

のような歌については、「「あなた」のあらわれ方が類型的で、歌の精気を損ねている。」というような指摘があったと思う。魚村さんの特徴は非常に重厚で「底光り感」(穂村弘)のする言葉の圧力にあるとすると、このあたりの「通俗・類型的な歌はまったく加点できない」というのが二人の類似した指摘だった。

②。
悪口ばかり先に書いてしまったのだけれども、本来の魚村さんの歌の持ち味は、こうしたメロウな感じの歌ではなく、非常に重厚で、質量を感じさせる言葉の圧力がある歌だと、僕も思う。

島田幸典さんはレポートのなかで、非常に独特の韻律感を指摘されておられた。

栞の紐がついてゐるのに伏せて置く本のページのやうに週末「右手」

たとえばこの歌の、「~のやうに/週末」の、部分に、なんとなく韻律が省略されているような感じ(もしこれが「やうな」だったら、そうは感じないだろう)を受けるという。

ぶつっ、ぶつっ、と言葉が省略されることで、名状しがたい「屈折感」を醸し出す手法だという。

文語旧かなで口語的に歌われることで、非常に名状しがたい、独特の重みをもった世界が展開されている歌集だという点では、全員共通していたように思われる。

最後に個人的に何首か。

基調発言のみなさんが取り上げておられた歌とも重なる部分が多い。
穂村さんは「岡井調」とおっしゃっておられたけど、僕もそう思った。重苦しい世界があらわれてくる。


感情のかたちをとらぬ容積が追ひ出しがたく窓の冬の木

僕たちは信じなかつた椅子たちの円卓からの自由、だなんて

あした降る雨の冷たさ冬彦の「馬」その他をコピーしながら

秋の水みたされてゐる望んでたことの多くはしなかつたけど

ドアが開けば矩形のひかりそのなかにあなたは脚を踏み出すだらう

そらされた目があつまつてゐる部屋に淡い質量をかかげて花は

通過する雨の広島トローチの感じがあをくまだ舌にある

問ひ質す声はモノクロ映像の banzai-cliff 何度も墜ちる

地図のうへ等高線の密になる傾(なだ)りかいたく蝉の声降る

ひいてみて、僕も、甘ったるくなっていく「あなた」の歌はどちらかというと苦手だ。
僕が好きな、非常にずっしりとした世界の重苦しさを表現した歌は、歌集前半に多いように思った。

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横山未来子『花の線画』を読む










10月19日。さまよえる歌人の会。

今月の対象図書は、葛原妙子賞を受賞した横山未来子さんの第三歌集『花の線画』

私は普段、「自然の美しさ」や、「生きることのありがたさ」を歌ったような歌をいいと思うことはあまりない。

よく、年輩の方の作品で、「ペチュニア」や「サフィニア」や「ガーベラ」といった、庭に植えてある観葉植物をほいほい歌にしたような作品を見るたびに、ときどき「こんなに簡単に「身の回りのこと」が歌になってしまって大丈夫なのだろうか。。。と、思うことが多い。

今回、横山さんの短歌の広告を先に知って、なんとなくそんな「ペチュニア」みたいな短歌なのかな、と先入観をもったりしてしまっていた。

その予想は見事に、完璧に裏切られたと言っていい。

最近読んだ歌集のなかで、一番よかった歌集だと思う。

確かに横山さんの作品には、花や鳥や虫が多く登場するし、「よろこび」や「ひかり」といったあかるいイメージの歌もたくさんあるのだけれど、それは「花や鳥や虫を単に眺めてみました」というような種類の、なんとなく作った歌とは全く次元が違う。

この人の作品には、ものすごい懸命さを感じる。どんな批評用語も別に必要ないだろう。
生きることに一生懸命な感じ。それが読者である僕にも歌全体から伝わってきて、非常に感動的な歌集だった。


われのみにて終るわが生葉の間(あひ)の石榴の花の朱を欲りゐたる

白壁に噴水のうすき影動きたしかなりひとりひとりの生は

一首目。葛原妙子賞だからというわけではないけど、葛原妙子の

・奔馬ひとつ冬のかすみの奥に消ゆわれのみが累々と子をもてりけり

をふっと思い出した。葛原の「われ」は、「累々と子をもてりけり」と自分の子供へと思いが移行していく。しかし、横山さんの「われ」は、「われのみにて終るわが生」と自ら宣言する。

横山さんの境涯に引きつけてよむことは避けなければならないが、横山さんはよくインタビューなどで、「一瞬一瞬を大事にとどめたいと強く思うんです」というような言い方をすることがある。この「われのみにて終わるわが生」という「生」の使われ方には、この「一瞬一瞬」に必死であろう。という言葉と同じ根っこから出た言葉のように思われてくる。

横山未来子インタビュー

二首目。やはり「生」という言葉が使われた一首。

この「たしかなりひとりひとりの生は」という言い方にも、やはり強く引きつけられた。この言い方は妙に実感がこもっている。それは最初、横山未来子という作者が「体が弱かった」という情報を知らないで読んでも、十分に伝わってくるものがあった。

この必死な感じ。

うまく説明できないが、この人が使う「生」という言葉は、中途半端な感じで使っている気がしない。

水に乗る黄葉の影よろこびは遠まはりして膝へ寄り来つ

蜜吸ひては花のうへにて踏み替ふる蝶の脚ほそしわがまなかひに

しばらくを蜜吸ひゐたる揚羽蝶去りゆきて花浮きあがりたり

鳥の巣や狐の巣ほどあたたかくありて待ちたしこの世のわれは

暖色をうしなひてゆく雲の群れ喉ひらききり泣きし頃あり

耳元の草ふるはせて風吹けり脳(なづき)は土にあづくべきもの

あふむけに運ばれてゆくあかるさの瞼の外に遠き雲あり

薄紙は椅子にかかれり春の花を巻き締めてゐし疲れを残し

ひらくなき眼のために蓋の裏をうつくしく彫(ほ)りし柩はありぬ

好きな歌を何首かひいてみた。
そこには、美しい言葉の響きと強く現実を見つめる眼差しが存在している。

これからも、大切に手元におきたい歌集だと思った。

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岡井隆『初期の蝶/近藤芳美をしのぶ会前後』

2008年「未来」新年会 シンポジウム「2007年、歌集歌書について」
2008年1月20日(日) 日本出版クラブ会館:会場配布レポート












生活の時代を歌う―口語調と散文化の諸問題ー
~岡井隆『初期の蝶/「近藤芳美をしのぶ会」前後』



レポート      西巻 真

・いまなお最前線に立つ歌人 

「言文一致体(いわゆる口語調)の韻律美は、まだ、発掘されていないし、口語調の歌が、その点いろいろ工夫してはみるが、どれも似かよったような、単調さを持つ結果になっている。」(2008年・未来1月号)

 「ライトヴァース派には、多かれ少なかれ、作者(作中主人公といったほうが正確だが)にまつわる(物語)のイメージが濃厚だった。作者は架空のであれ事実のであれ(物語)の中に在る。これは、近代短歌が既成概念とした、歌による〈人生記録〉の思想を、うらがえしにして利用したものである。」(鳴海宥『BALCAROLLE』解説)
 
「多少、問題なのは、女流が薄手になつてゐるあたりだらうか。わづかに東直子が居るが、数の上の圧倒的女流文学の時代に、おもしろいことに目立つ女流が少ないのだ」(2007・「短歌ヴァーサス」11号)

『初期の蝶/「近藤芳美をしのぶ会」前後』を読む

①スタイルがもたらす多様性

 ・こちらからもあちらからも分かってゐないのだかたみの存在の中なる河が
・群島が流れて寄するあざやけき夢一つみて起き上がるかな
 ・この向かうに秋の朝雲があるならむカーテンふかく垂れて書きをり 
・野球番組折々にみて言かわす山形が勝ち福知山勝つ
 ・結社といふ必要悪をためらひつつ否みつつその中に居たりき
・幸福つて平穏のことつて言ひ切れるだけの勇気のないまでのこと

※未完成のままで作品を投げ出そうという姿勢 「場」への信頼

②状況との格闘

「初期の蝶」より ~政治の時代を歌う~

・群衆を狩れよ おもふにあかねさす夏野の朝の「群れ」に過ぎざれば
・機動隊一個小隊ほどの愛この俺だけに通ずる暗喩

「「近藤芳美をしのぶ会」前後」~生活の時代を歌う~

・政とかかはりもたぬ文化が小さき花を咲かせたり見ゆ
・スリッパが横向きにある厠よりいでてまなかひを去らぬスリッパ
・たひやきの眼のへんに歯をあてながら午後のおしやべりは午後の話題で
・ベッドに腰かけて新品のパジャマ着てパズルを解くとふ就眠儀式
・いや、さうだ夜くるしくて散歩する。暗い道ゆく妻と手が触れて

補遺 わかものの口語短歌

・3回も食事したからバレてるよ 生春巻きと私が好きね
・まあいっか わたしが可愛いことなんて わたしひとりがわかっていれば(佐藤真由美)

・読みかけの新潮文庫を閉じるときあのはつなつの開脚前転
・きみはもう春のひかりに溶けながらどうしてそんなに笑ってばかり(ひぐらしひなつ)

・一人でも生きられるけどトーストにおそろしいほど塗るマーガリン
・こなごなになってしまったいいことも嫌な思いも綺麗な粒ね(佐藤りえ)

・金色の焼きおにぎりの三隅をいっせーのーで割る朝ごはん
・母親が教え続けるのは名前 呼べばあなたの方を向くから(盛田志保子)

・「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい
・それは世界中のデッキチェアがたたまれてしまうほどのあかるさでした(笹井宏之)

                    ※

・ドラッグストア横切るときに一枚の葉っぱが落ちてきて胸につく 
・わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる(永井祐)

・牛乳が逆からあいていて笑う ふつうの女のコをふつうに好きだ
・映画嫌いの彼女がよく見てたロードムービー 旅行も嫌いだったくせにさ(宇都宮敦)

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会場発表内容


岡井隆『初期の蝶/「近藤芳美をしのぶ会」前後』について

実はぼくは岡井隆という人を、未来に入るまで存じ上げませんでした。はじめて大会にうかがったとき、なんか一番前に座ってにこにこしているおじいさんがいて、あれが岡井さんか。三国錬太郎に似てるなあ。という印象しかなくてですね。実際に「えらい人なんだよ」と言われて、その「えらさ」が全然わからないまま歌を作っていたのですが、昨年、『水無月のころ』を拝読して、やはりこれは「えらいひと」だ。という気がして、全歌集などを買い始めた。という経緯があります。

僕はやはり、「今」の岡井隆を読んで、その「今」の岡井隆に影響を受けて、そこからさかのぼって過去の岡井隆を考えている感じがする。今回の歌集を読んでも、岡井さんは全然守りに入ってないというか、「好きなことやります。」といってやっている感じがして、そういう部分で、ぼくは岡井さんのチャレンジ精神にはかなわない感じがします。

まず、岡井さんが「未来」に発表されている文章を見ていると、やはり現代短歌の問題に対して、今なお自覚的だなあ、という印象があります。僕は、ここ二十年の新しい口語短歌運動の影響で、口語で歌を作るほうが自然に感じられるような感受性のなかで生きているのですが、どうしてもいわゆる文語の「定型」感覚と、口語でおしゃべりをする感覚は、あわないところがあって、岡井さんもいろいろな方法で、57577のなかの韻律を口語で更新していっている。という気がする。

歴史的に見ても、プロレタリア短歌などが口語で歌を作ったとき、次第に「定型感覚」というか、57577のフォルムそのものも崩して、「プロレタリア短詩運動」になっちゃった、ということも経験しているわけで、口語体で、いかに定型感をくずさずにリアリティを出すか、というのは意外と今でも重要な問題な気がします。

そういう意味で、女流歌人たちの開発した「~ね」とか「かしら」というような「かわいい」口語の語尾というのがあるのですが、なんか今の歌人たちというのは、口語の文体をほとんど更新しないままなので、どの人が歌を作っても、口語短歌は同じように見えてしまうんじゃないか、という意味で、「女流が薄手」とおっしゃっているんじゃないかなあ、と考えています。

最新歌集について、触れてみましょう。

まずは、「水無月のころ」と同様に、今回もあえてどうつくるか、という条件を先に決めてから、制作にとりかかるという方法になっています。

僕らが、普通短歌を出すときは、たとえば20首つくったら、10首くらい落として、「完成形」みたいなものを雑誌に発表したり、歌集に入れたりしますが、岡井さんは、(実際はどうかわからないですけど)10首つくったら、10首そのまま載せているんじゃないか、というあたりがあって、その辺が面白いところです。最初から、完成形として歌があるのではなくて、非常に流動的な偶然性や、「場」の要素、というものを非常に信頼されているところが、こういうスタイルをとらせているのではないか、と思いました。

その日その日で思いつくものをどんどん出していくわけですから、歌もほんとうに多彩です。、一首目はぼくの好きな歌ですが、なにか平易な言葉をつかっているのに、それが哲学的な深いところを象徴しているようなタイプの歌。2首目、3首目は歌として、非常にいい歌だと思いました。群島という言葉のイメージの喚起力。カーテン深く垂れて、という言葉の斡旋のうまさに思わずうなりました。

そうかと思えば、野球の歌とかその日その日の生活のことがぽんと出たり、結社のことについて考えたり、とにかく思いついたものをどんどんやっている感じがする。こういう多彩さのなかで、岡井さんがいま、何をやろうとしているのかなあ、ということを想像したりしているのですが、やはり初期のころの、政治の時代をどう歌うかということから、「生活の時代」をどう歌うか、ということに関心がシフトしている気がするのです。

今は政治の問題で、何か世界が動くというよりも、年金問題であるとか、そういうことが政治になってしまって、政治課題が生活課題に変貌しているところがある。そこで、歌人たちも状況的には80年代からくらべると、だいぶ生活化せざるをえなくなっていて、あえてこういう問題に踏み込もうとしていると、その日その日で単価を作るという方法に変えざるをえなくなるという側面があるような気がする。で、そういう生活の問題を背負ったまま、なんとなく軽い口語脈で、日常の些細なことをすくいとる、という方向にシフトしているような気がする。

岡井さんの生活の歌、というのは非常におもしろくて、

・たひやきの眼のへんに歯をあてながら午後のおしやべりは午後の話題で

などは軽妙な歌ですが、こういう感覚の歌は、実は今、あまり歌壇のなかでは注目されていない若い男性歌人にも、多く見られる傾向なのではないかな、と思っています。たとえば宇都宮敦さんは、結社には所属していませんが、非常に定型感覚がある方で、

・牛乳が逆から開いていて笑う ふつうの女の子を普通に好きだ

というような歌を見ても、いわゆる57577の音数律から見ると、ちょっと575107くらいになっているのだけど、なんとなく今の口語の律から見ると、すごく自然に見えるんです。午後のおしゃべりは午後の話題で、なども、8音7音になっているんですが、なんとなく勢いとして定型におさまっているような、口語の軽いリズムを生かしている。

・ベッドに腰かけて新品のパジャマ着てパズルを解くとふ就眠儀式

も、定型のリズムから見るとすこしずれている印象があるのですが、それでもなんというか、リズミカルに「ああして、こうして」というふうに持っているので、ああ、韻律がある。という印象を受ける。永井さんもこういう傾向の歌をよくつくられます。なんとなく、定型のリズムを活かしながら散文化していくことで、今の日常をすくいとろうという点で、岡井隆とこういった若い歌人の目指していることというのは、もしかすると似ているのかもしれない。そんな印象すら受けました。

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池田はるみ『婚とふろしき』

2008年「未来」新年会 シンポジウム「2007年、歌集歌書について」
2008年1月20日(日) 日本出版クラブ会館:会場配布レポート

「をばさん」と口語体―池田はるみ『婚とふろしき』


レポート 西巻 真

・口語体の大胆な導入―わかもの歌との差異―

・どうにでもなる人生があるやうな青い廊下を渡つてゆくよ
・茶碗三つ並べて置くよ幸福は夕暮れに来てしづかに座る
・六月から小野先生がゐないのだ診療所にはもう秋のかぜ
・大いなる桴を振り上げ振り下ろし権現太鼓をだろだろ鳴らす
・をばさんの自意識を持てわが来たり文化村にはボンド公演
・風切つて歩いてゐるがガニ股になつてゐるのも知つてゐるわい

 ・安見錦よき力士なり晩年の貴乃花をば降り廻したり
 (第三歌集・『ガーゼ』より)
・マンションの深き疲れを癒すべく高き足場が組まれてゆけり
 ・銀婚は銀のくもりに見えざるを曇りて見えぬ空あたたかし

※本質的には、文語定型の韻律感を知っている歌人

・現実への信頼感・私性への信頼感

 ※第一歌集からの変遷「現実への後退戦」

 ・エンジンのいかれたままをぶつとばす赤兄とポルシェのみ知る心
 ・あ、あ、あ、こゑ。吾を深々と統べゆくは誰がこゑあれは春の夜のこゑ
 ・はくちうにをとめのひめをあやめたるをんなどれいのまぼろし見しか
 ・水中に鳥のあそびをしてゐるはうたびとのRyu。そとのぞきたり

・普遍的な感動をもたらす安定感

・やんはりと聞き過ごしたり風の音のここはしづかに受話器を置かう
・身体あらば生きてはゆける声あらば話はできる 映像を消す
・子の部屋はごちやごちやとしてその中に肩を揉まれてわれはをるなり
・どのやうに子は生きるらむくれなゐの婚姻色に染まりつつゐて
・なにもかもこぼれてしまふ晩年をしづかに広く受け入れてゐき
・鴎外の家が大きい そのことに打ちのめされて啄木を見る
・貴乃花に夢を見てゐた 日本にも重い希望があると思って
・はるみさんは忙しくしてはるみさんは働いてばかりはるみさんは居ない
・白梅は男のやうだ寒風に見栄を張ったり困ってみたり
・高橋に南高橋かけられて亀島川はのつそりと照る
・風はいまどこから吹いてゐるならむどの角度にも雨が当たりぬ

※その結果がもたらす一抹の退屈さ・冒険のなさ

補遺 わかものの口語短歌

・3回も食事したからバレてるよ 生春巻きと私が好きね
・まあいっか わたしが可愛いことなんて わたしひとりがわかっていれば(佐藤真由美)

・読みかけの新潮文庫を閉じるときあのはつなつの開脚前転
・きみはもう春のひかりに溶けながらどうしてそんなに笑ってばかり(ひぐらしひなつ)

・一人でも生きられるけどトーストにおそろしいほど塗るマーガリン
・こなごなになってしまったいいことも嫌な思いも綺麗な粒ね(佐藤りえ)

・金色の焼きおにぎりの三隅をいっせーのーで割る朝ごはん
・母親が教え続けるのは名前 呼べばあなたの方を向くから(盛田志保子)

                  ※

・「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい
・それは世界中のデッキチェアがたたまれてしまうほどのあかるさでした(笹井宏之)

・ドラッグストア横切るときに一枚の葉っぱが落ちてきて胸につく 
・わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる(永井祐)

・牛乳が逆からあいていて笑う ふつうの女のコをふつうに好きだ
・映画嫌いの彼女がよく見てたロードムービー 旅行も嫌いだったくせにさ(宇都宮敦)


(発表の際、完成原稿を準備して読み上げるのが私のスタイルなので、当日しゃべった内容の発表原稿が残っていました。もちろん、実際に語った内容とは大きく違う可能性もありますが、一応ご参考までにということで、こちらに掲載しておきます。レポートとの対比をしていただくという、非常に読み苦しい原稿になることは、ご容赦ください。)

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 こんにちは。西巻です。今回非常に困ったのは、依頼をいただいた、池田さん、岡井さんも、私などよりはるかに年上でいらっしゃって、歌歴や実績など断然長くいらっしゃるということです。私は今年ようやく30になったばかりで、短歌をはじめてまだ3年にもなりません。短歌についての知識などははるかに及ばないでしょう。

 短歌というのは「異なる世代との対話」という側面があると思います。私はいろいろ考えた末、自分が若い人間であるということをむしろ武器にして、自分の年代を基準にして、差を考えていくしかないんじゃないか、と思いました。茂吉や文明、近藤先生などに影響を受けたわけではないですし、もっとも影響を受けたのは笹公人さんや盛田志保子さん、枡野浩一さんといった比較的「今」の歌人さんです。私は、私のいま手の届く範囲の作品を考えながら、そこから逆に差を想像するという方法で、この「異なる世代との対話」にのぞもうと考えました。

・池田さんの「婚とふろしき」について

池田さんとは、首都の会でよく一緒に歌会をさせていただいていて、やはり「読み」の面では頼りになる方だなあ、という印象を深くしているのですが、私がとても衝撃を受けたエピソードがありますのでご紹介させていただきます。この前参加した首都の会で、「猫」の作品があったのですが、「この猫は現実の猫を歌っているものとは思えない」という批評をされたことがあったのです。

私は、短歌のなかで「現実」が歌われていないということが、マイナス材料になるということをまったく考えていなかったので、びっくりすると同時にとても興味を持ちました
短歌が現実を歌うものだ、という立場そのものが衝撃だったのです。池田さんの作品は、文語ではあるのですが今回の歌集では非常に口語脈の歌も多くて、とても読みやすかったのですが、やっぱり若い人の歌と比べるとなんとなく違う気がする。なんだろう、と考えると、やはりこの「現実への信頼度」なんですね。

たとえば、ひぐらしさんの歌を読んでみると、「春のひかりに溶けながら」というような抽象度で目に見えない感覚的なものを歌うということが、ごく自然な感受性として定着しています。池田さんの作品、たとえば3首目を見てみると、「六月から小野先生がゐないのだ」というのは口語脈の歌ですが、なんとなく小野先生は、実際にいたような手触りを感じます。目の前のものをしっかり見つめて、短歌をつくるような印象があって、同じ口語脈でも、若い人の口語の歌とはだいぶ違うという印象を受けました。

池田さんは、完全文語脈の歌も当然のようにおつくりになっていて、その韻律感をよくご存じでいらっしゃる方だと思います。ここに出した相撲の歌も、アミニシキ「なり」ふりまわし「たり」というなり、たりというぴしっとした止め方がうまいから、言っていることはそのままなのに、それでも短歌になってしまうという定型の力を感じます。第三歌集にも、そうした文語止めの感動的な歌がたくさんありました。その方が、こうして現実をみながら口語の歌を作るというのは、逆に非常に興味深く、チャレンジなのでは、と思いました。

この歌集のもう一つのポイントとして、「をばさん」の立場、というか「母性」の立場から歌を作るということがあります。私の世代の若い短歌は、口語脈の歌というと、盛田さんのように「母性」を拒否するという視点から歌を作る歌人さんが非常に多い気がします。最近、発行された若い女性歌人の歌集を読んでいると、「母」の歌が実に少ない。自分を「かわいい女性」として、あるいは少女として設定することで、母性を拒否する、というタイプの歌が、一般的にもプライオリティを得るという状況が佐藤真由美さんをはじめとして続いていて、若い歌人の口語女性短歌は、「母性を引き受けない」短歌なんですね。池田さんの場合は、もう「をばさん」として自分を設定するところで、そういう美意識もかなぐり捨ててるところがある。岡崎さんが、自分を「ガニ股」と言って短歌を作るはずがないなあ。というところで、逆の意味で、非常に気持ちよさを感じました。そういう視点で、息子をうたった歌も、響きました。全体的に、ひとをうたった歌、が非常に印象に残っていて、人生とか結婚とか、死であるとか、そういう身の回りの「人」をうたった歌に、響く歌が多いと思いました。すごく土くさくて、まさに「おもしろうておかしい」人の姿を描きだすことに成功しているし、信頼感がある。池田さんは、私性や現実にポイントを置いているのがはっきり見えるので、共感できるところも多いですし、信頼できる歌集だなあ。という印象がありました。

問題をあげるというか、大辻さんの歌集などでも同じことを感じるのですが、やはり第一歌集から見ると、この世代の方というのは、現実から逃避するのではなくて、むしろ現実のほうへ「後退」している、逆の意味での現実逃避がある気がします。

今回池田さんの他の歌集も読みなおしてみたのですが、やはり第一歌集の『奇譚集』が、圧倒的に面白い。「エンジンのいかれたものをぶっとばす」、なんて、次に何が出てくるのかわからないはらはら感というか、「現実」という枠にとらわれない自在さを感じるわけですが、今回は落ち着いて安心できる歌集であることは認めるけれど、全体としてのはらはら感がうすまっている。

バンドをしている息子に、ライブでなんであんなに頭を振るか、ってママとして突っ込んでる歌がありましたけど、僕たちはむしろ、ライブビデオのなかで頭を振っている年齢なので、なんとなくはるみママに、「もっと現実をみなきゃだめよ」と突っ込まれてる子供の立場で読めてしまう。
2首目に、「体あれば~」という歌があって、これは「生きていることのありがたさ」みたいな視点が出ている歌なのですが、ぼくはこういうふうに「生きているそのもの」をありがたいとはどうしても思えなくて、その視点で書かれている社会詠などには、あまり共感できない気がしました。
むしろ、映像のほうをじーっとみていて、のめりこむのが僕らなんじゃないかな、という気がします。「にくこっぷん」の歌とか、日常に寄り添いすぎると、遠いものが見えなくなる。という気がします。

連作としては、「ふくろふに遭う」が、そういう視点からは抜けている気がして、いい連作だと思いました。個人的には、「風の音の」の歌と、「高橋」の歌などがいい歌だなと思って拝読しました。ただ、これは歌としてちょっと。という歌がほんとうにないですね。やはりどの歌も、何をやりたいか、明確に伝わる歌が多くて、信頼できる気がしました。

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栗木京子『けむり水晶』(さまよえる歌人の会レポート)

(遅ればせながらですが、過去の文章を再整理していたら、栗木京子さんのレポートが
出てきました。何も更新しないのは非常に恥ずかしいので、過去の文章の整理がわり
に、こちらへ転載させていただきます。)

第6回「さまよえる歌人の会」
2007年 6月23日(土)5時半~
渋谷区勤労福祉会館 第四洋室

栗木京子『けむり水晶』レポート










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はじめに

 栗木京子の歌はよく、「理性的・知的」と称されている。


作者は現実生活の影の部分を多く詠う。手放しに夫婦関係や育児を讃えることは少ない。しかしそれは、現実はどうあれ、歌という空間においては感情を理性で統御して見せようとする作者の姿勢の結果であったのであろう(大松達知)

また、同様にこのような説明も見られる。

感覚的な冴えが、ひらめきが、時に五官では知覚できないものまでも感知してしまふのは、感覚の芯に、抽象的な、一種の科学的思考が働いてゐるせゐだらう。それが栗木京子の感覚であり、女性らしいみづみづしさと共に、また女性には珍しい硬質な叙情性をも、多くの作品に付与する因となつてゐると思ふ。(高野公彦)

いずれも、栗木の歌を理性的、抽象的といったキーワードで捕らえていることがわかる。

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栗木京子 略歴

1954年生まれ。京都大学理学部生物物理科卒業。1975年4月、コスモスに入会。同年、「二十歳の譜」で角川短歌賞次席。同時に、京都大学短歌会に誘われ、塔の歌会にも顔出すようになる。1979年、結婚と同時に短歌活動を中断。コスモスを退会。1981年、作歌再開。塔に再入会。1984年第一歌集『水惑星」(雁書館)。1990年第二歌集『中庭(パティオ)』(雁書館)1994年第三歌集『綺羅』(河出書房新社)(第五回河野愛子賞受賞)1999年第四歌集『万葉の月』、2003年第五歌集『夏のうしろ』(短歌研究社)(第五回読売文学賞、第八回若山牧水賞)2006年『けむり水晶』(第41回迢空賞)

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栗木京子の歌について

観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日われには一生 『水惑星』

という普遍的な恋の歌があまりにも有名な歌人だが、この作品は京都大学在学中の作品であり、このようなあまやかな恋を詠った歌は栗木のこれまでの歌集を通読しても非常に少ない。個人史のなかで俯瞰すると、結婚して歌を中断する前の時期に、この傾向の歌は集中している。

誰彼にベル鳴らしつつ自転車で春浅き日の橋渡りゆく

はつ夏の夕べ木槿は白く咲き詩のごとき愛捧げてみたし

初期の栗木の恋の歌は上手な歌だが、やや生硬で、道具立てが決まりすぎている印象があり、後半で展開される陰翳の深い世界と比べてみてもやや物足りない印象がある。このような歌の終わりは、京都大学卒業が描かれた第一歌集中の連作中で明示されている。

退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都
       
以降栗木は、妻としての日常を独特の陰翳ある筆致と、シャープな感覚で描いていく、という方法に次第に変化していく。

鶏卵を割りて五月の陽のもとへ死をひとつずつ流し出したり『水惑星』

新たなる風鳴りはじむ産み了へて樹のごとくまた締りゆく身に『水惑星』

容赦なく明日は来てをりこの空の向こう側へと流れ去る雲『水惑星』

交信のしるしのごとし幾千の雨傘するどき切先を空に『中庭(パティオ)』

すぢ雲の航跡空に消えむとすためらひ傷の痛み残して『中庭(パティオ)』

尾を断つは頭おとすよりもおそろしく日高銀毛の鮭に真向かふ『中庭(パティオ)』


第五歌集『夏のうしろ』(2004年)より、栗木の世界は新たな題材的深化を遂げていく。これまでの特質だった、「認識のするどい日常詠」に加えて、社会詠などを積極的に取り入れていくようになる。

バスジャック事件を詠った

主義のため人殺したる少年は学生服着てゐたりき哀し

普段着で人を殺すなバスジャックせし少年のひらひらのシャツ

拉致事件を詠った

国家といふ壁の中へとめり込みし釘の痛みぞ拉致被害者帰る

など、第六歌集にいたるまでの栗木の題材は第五歌集をもって完成していると言ってよく、本作、けむり水晶は、第五歌集までの栗木の達成のほぼ延長線上にあるとともに、さらなる深化を遂げた歌集であると言えるだろう。現在の栗木は、まさに円熟期にある。

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2・けむり水晶について

一・認識と主知の歌

けむり水晶を一読して強く感じたのは栗木の歌が「認識的・主知的」な歌であるということだ。栗木の着眼点は、とにかく「形象」の方向へ飛ぶ傾向が強い。もっとも印象深かった歌をいくつか引いてみる。

少しづつ広げショールと知るまでのうれしさよ夫の上海みやげ(P29)

夕闇に毛の生えてゐるひとところ身ぶるひをして犬歩み出す(P62)

庭の落ち葉燃えつきしのちひつそりと火を離れゆく火の匂ひあり(P39)


一首目は一読他愛のない歌だが、「少しずつ広げショールと知る」、特に「少しずつ」という描写に、この歌人の認識の業を見てしまう。「それが何かわからない混沌としたもの」を「少しずつ」形を明らかにしていって、それが最後にショールだと知ることに、「うれしさ」を感じる。蒙昧としたものに形を与えられたうれしさと、上海みやげであるうれしさが混在するような感覚。栗木の認識への欲求は、この歌には端的にあらわれているように思う。


二首目は、そこはあきらかに「犬」がいた空間なのだが、その空間を、「毛の生えてゐるひとところ」と表現するあたりが離れ業だ。つまり、犬としてそこに静止していたときは、犬は「形を与えられない」風景の一部だったのである。それが、身震いをした瞬間に、「犬」が動き出した。このような認識の離れ業が、栗木の底流にあるといえよう。

三首目。非常に視覚優位のものの捕らえ方をする栗木ならではの歌。

火を離れていく火の匂いがある。というのは、もともとかたちをもたない嗅覚に属する分野であった「火の匂い」を、火を離れていく~がある。というように、無理やり視覚的に読み替えてしまう。

栗木京子は、このようにもともと視覚に強く寄りかかった捉え方をする歌人であり、その認識のするどさにおいて、ほかの女性歌人の追随を許さない日常詠を構築する。

踏み切りを待つ間かがみてをみな子のスカート直す父親の見ゆ(P25)

たとえば、これも他愛ない歌だが、「スカート直す」というあたりをこまかく発見するあたりに技がある。

雛飾る部屋の暗さよ人形の白き顔にはほくろのなくて(P49)

ほくろ。という具体物まで踏み込んで表現するあたりがいい。

水あれば橋かかりゐて橋の上あるく足見ゆ歳晩の夜(P200)

この歌も、丹念に描写して、日常を異化している。

栗木に失敗歌があるとするとは、このように認識と感覚を意識的に統合できないあたりに生まれてくる。

ここを弾けば醜き音の出るべしと知りつつ人に向き嘆きをり(P27)

ドーナツのかたちのレコード盤などに触れたし心ささくれ立つ夜は(P114)

てのひらを沈めて水の冷たさを知るやうに夜を人に逢ふかな(P183)

一首目では、聴覚が詠われているが、聴覚主体で詠われた感覚は少しあいまいな感じがする。二首目は平凡な歌に終わっているが、それは「触れたし」という感覚と、ドーナツの「かたち」という認識の部分が未分離になってしまったためだろう。

三首目は失敗歌ではないが、手のひらを沈めたあとに、「水の冷たさを知る」というかなり特異な感覚が詠われている。普通、「水の冷たさを知る」のは手のひらを沈めた「あと」ではない。この作中主体は、自分で意識して手のひらを沈めたのだろう。そして、そのあとに「冷たさを知る」。自分の身体感覚のなさを証明するような比喩が出てくるのが興味深い。

さらに、この栗木の認識優位の感覚は、認識から存在に迫ろうとする優れた歌をいくつも生み出している。

ゴム底を見せて干さるる長靴に被爆国ニッポンの夏の日は照る(P11)
胡桃の実二つに割られ机の上に仰向けにあり死者たちの朝(P151)
蒲焼に日本酒垂らしつつ思ふ茂吉に残りゐし色欲を(P8)
死にし鳥ふくろ詰められ捨てられき袋に詰めれば無になるか全て(P46)

 いずれも景情一致の秀歌だと思うが、一首目にのみ触れておきたい。

この「ゴム底を見せて干さるる長靴」にはすでに見た感じがある。『夏のうしろ』にとんでもない秀歌が紛れ込んでいるのだ。

 ・白き底見せて干さるる秋の舟をんなは臍より老いてゆくらむ『夏のうしろ』

思えば、、『夏のうしろ』は徹底的にうしろを見る歌集だった。

秋空にひとつ浮く雲裏返せばびつしりと火を吹くことあらむ『夏のうしろ』

夏のうしろ、夕日のうしろ、悲しみのうしろにきつと天使ゐるらむ『夏のうしろ』

認識の歌人、栗木京子は、時折、うしろや闇といった「見えないもの」に強いシンパシーを感じるタイプの歌を作る。栗木の歌が、存在そのものへ向かおうとするとき、徹底的に表面を見ようとし、ふと後ろを覗き込む形で現れてくるものなのかもしれない。

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二 見えぬものの詠われ方

 栗木京子には、このような徹底した認識とは反対に、夢想の異界を想起する歌も非常に多く存在している。


八月の海の底にはスタジアムありぬ旗降る兵士に満ちて(P11)

雪晴れの朝はふと見ゆ人らみな縫帯巻きてゐる国などが(P38)

幸せとはからだに燈ともること改札口に人を待ちをり(P131)

純白の水着たたみてリュックへと詰めたるとほきとほき夏あり(P80)

秋祭りのパレードをゆくホルンありホルンはいつも産後のやうで(P17)

十四歳未満は逮捕ではなく補導 ギンヤンマの翅まだ濡れており(P22)

秋の雨はれて明るむ古書店にすらり入りゆくガゼル一頭(P113)
机の上を大名行列ゆくといふ幻覚たのし下戸のわれにも(P115)
お神輿のごとくパトカー渡りゆく欅若葉の光る踏切を(P56)

いずれも美しい光景だ。四首目の歌に特徴的であるが、栗木の歌にとって、回想はなにか美しい光景として存在しているように感じる。一首目、二首目ともに、戦争を題材にとった歌であるにもかかわらず、むしろ美しい光景だ。二首目の包帯も、どことなくやわらかな叙情をたたえている。栗木にとって、比喩的な光景は何か回想として存在しているようだ。徹底的に認識を貫く歌人にとっては、「想」はいつも、知の空漠を埋めるものとして存在するのだろう。
 三首目の歌、「からだに燈ともること」の歌は、「手のひらの歌」とセットで読むとなんとなくわかりやすいかもしれない。「からだに燈ともる」とき、そこにはリアルな身体感覚は存在していない。見えぬものは、常に光景としてしか存在し得ないという、栗木の苦しさを現している秀歌だと思う。

とりとめもなく書いた。
栗木京子の近年の社会詠についての可否は、議論の場に譲ることにしたい。

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