2008年12月 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

2008年12月

短歌往来1月号

短歌往来



短歌往来2009年1月号







お久しぶりです。
なかなか最近、ブログの更新ができずにいます。

さて、今回はお知らせというか、活動情報なのですが、
ながらみ書房の月刊短歌雑誌「短歌往来」1月号に

「ニューウェーブの再検討をめぐって」

という評論を寄稿しています。

こちらは、この秋から集中的に取り組んできた評論三部作のひととおりの区切り。
ニューウェーブの「私」をもう一度再検討することから短歌史を考えていこう。
という、専門用語に満ちあふれたあまり読む人に優しくない地味な評論になっています。

荻原裕幸さんの「ニューウェーブと主体」の議論をもう一度引っ張り出してきて、状況整理
しているような内容です。

お手に取る機会がありましたら、ご一読いただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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「新彗星」第2号発刊!!

新彗星第2号



新彗星販売サイトはこちら





いよいよ出ました。

2008年の短歌同人誌ブームの火付け役にして、未来彗星集の短歌雑誌。
有力な若手歌人が続々と名前を連ねている彗星集の歌誌「新彗星」第2号
です。

私も、「今だから、斉藤斎藤」というタイトルの評論を書いて、斉藤斎藤さんと
いう歌人の「言ってることと作品」を切開するという試みを行っています。

くしくもこの評論を脱稿した直後、斉藤斎藤さんが「風通し」を出されてしまっ
たので、ちょうどそれと丸かぶりするような形になってしまいましたがっっ。。。

新彗星は販売サイトから直接購入いただけます。
定価1000円で送料込み。

今回は私をふくめ、未来評論・エッセイ賞受賞の西村旦さん、歌壇賞受賞の
澤美晴さんの評論。

さらに加藤治郎さんと穂村弘さんの対談記録まで掲載されて、なかなか読み
物として面白くなっているんじゃないかなと思っています。

作品も、彗星集の主力作家が名前を連ねた作品が続いております。
とにかく豪華メンバーでお届けする「新彗星」
ぜひぜひ、お買い求めください。

販売サイトはこちら→http://shinsuisei.blog25.fc2.com/

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嵯峨直樹歌集『神の翼』を読む

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2008年10月30日に刊行された嵯峨直樹さんの第一歌集『神の翼』を読む。嵯峨さんは第47回短歌研究新人賞も受賞されていて、その作品も収めている。経歴をまとめるのはあまり好きではないが、嵯峨さんは1971年生まれ。1994年に「未来」に入会しているから、作品としては14年間の歌業を一冊に凝集したという歌集なのだ。

どれも一読して、わかりやすい、現代の口語で書かれているが、その作品世界が持っている文体的な奥深さ、内省的な歌の深みは、なかなか並大抵のものではない。

ニューウェーブを通過したこれからの口語短歌の、ひとつのあり方を提示しているように思った。どうも今日は僕自身、わかりにくい評論調の文章で書いてしまっているが、そのくらい読み手の背筋が伸びた歌集だということになる。

いいと思った歌をあげてみる。



・霧雨は世界にやさしい膜をはる 君のすがたは僕と似ている

・人間のぬるい体に指を入れ。やっぱりここも、袋小路だ

・海音にふたりの部屋は閉ざされてもういい何も話さなくても





冒頭近くの3首。この歌集の基底音とでもいうもので、「閉ざされて」いる感じ、「膜」、「袋小路」といったキーワードが、水や雨と一緒に出てくる。わかりやすい言葉で書かれているけど、韻律はそれほどきれいになめらかにすすまない。「やっぱりここも、袋小路だ。」というくぐもった感触。「もういい何も話さなくても」という無力感をともなった句跨り。ややエロティックで、それでいて閉じている。作者個人の感触であると同時に、かなり私たちの時代につながった内向的な詠いぶりだと思う。



・万札を吸い込むだけの機械だろアホなサインをちかちかさせて

・弱くてもいいそんなに弱くては生き残れない 魚をほぐす

・霧雨の降りしきる路 終バスは名前の消えたバス停に着く

・コンビニに正しく配置されているあかりの下の俺は正しい

・朝おきて泡たてながら歯をみがくまだ人間のつもりで俺は

・リンス、リンス、犬の名前にちょうどいい香りだ君の女ともだちは





どの歌も、無力感とそこからくる怒りのような感触につかまれた歌たちで、一読して印象に残った歌をひいてみた。難しいところはあまりない。全部韻律の感触と、歌いぶりだけで見事に表現している感じがする。

これから歌集評が続々と出てくるのだろうけれど、内向的で静謐な印象を持った歌の数々を、ぼくはとても好きだと思った。

残念ながら歌集のほうはまだ書店には並んでいないらしく、短歌研究社か著者からしか買う方法はないらしい。短歌研究社にリンクを貼っておくことにする。

そのうちamazonかBK1にアップされる可能性がある。1800円という価格もふくめて、今年の歌集としてはかなり魅力に富んだ歌集なのではないかと感じた。

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吉野昌夫歌集『遠き人近き人』を読む




吉野昌夫『遠き人近き人』






吉野昌夫は大正11(1922)年生まれ。府立高等学校(現在の都立大学)在学中の昭和16(1941)年より作歌をはじめ、昭和17(1942)年夏に北原白秋の主宰する「多磨」に入会。同年11月に北原白秋没とともに、木俣修に師事。その後、「多磨」に昭和23(1948)年まで在籍するが、作歌が苦しくなり「多磨」を脱退し、一度短歌を遠ざかっている。4年にわたる中断期間を経て、昭和27(1952)年の「多磨」廃刊ののち、昭和28(1953)年、木俣修の歌誌「形成」に参加。その後は木俣修門下の有力な歌人として活躍した。

第一歌集『遠き人近き人』には「多磨」在籍当時の昭和21年~昭和24年までの作品が第Ⅰ部、「形成」に在籍した昭和28年~31年までの作品が第Ⅱ部に収められている。

予備知識はこのくらいしかないが、「多磨」の歌人たちの仕事を確認してみたいという欲求に駆られ、なんとなく歌集を手にとってみることにした。

年齢的に見ると、第Ⅰ部はおおよそ23歳から27歳の作品。第Ⅱ部は作歌を再開してからの31歳から35歳の作品になる。

第一印象を言うと、きわめて真面目で「教科書通り」の作品が続いているような印象を受けるのが第Ⅰ部。第Ⅱ部は若干冒険があり、この感触に生活臭が濃くなってくる感じがある。基本的な抒情質である「教科書通り」という感触はくつがえされることがないが、第Ⅱ部のほうは勢いがでてきて非常に面白くなるような印象。

まず第Ⅰ部から、いいと思った歌をひいてみる。




・日の当るところをさけて一側(ひとかは)に人は片寄れり午後のホームに

・窓の中の空に見てあれば雲といふなべての雲はみな流れをり

・石段を下駄のぼりゆく高き音が建物の中にこもりてきこゆ

・空(うつ)ろなるビルを通して見ゆる空断片にしてしかも曇れり

・らふさくの長(た)けたる芯はその先の灰となりつつ頭を垂れぬ

・学問にひざまづきたくなることの日ごとにうすらぎゆくをおそるる

・乗客が寝しづまるころかなしみのごとくにしづくする窓ガラス

・蛇つかひ蛇をつかへばむらがれる人だかりの中にわれも立ちてゐる





たとえば一首目から五首目まではずらっと叙景の歌を並べたが、認識が変な方向へいくこともなく、かといって何か不足している感じもなく、非常に端正にものごとを見ている感じ。一首目の「一側(ひとかは)に人が片寄る」という表現や、四首目の空が「断片で曇っている」という表現は、非常に的確にものを見た歌だが、やや習作くさい匂いを漂わせている。おそらく真面目な人柄だったのだろう。

六首目の「学問にひざまずきたくなることの日ごとにうすらぎゆく」という気持ちは僕にもすごくよくわかる。

面白いとおもったのは七首目の「かなしみのごとく」という比喩と、八首目の口調の良さ。

木俣修が序文で「情調主義の古風な短歌観に立つ人から見るとものたりないと思われるふしがないでもないだろうが」と言っている。情調主義かつレトリック全盛の僕としては、やはりこの第1部はものたりない。「市井の一小市民としての生態」を掘り下げるという立場からすれば、これはまさに模範的な歌の数々だろう。ぼくは、ちょっと毛色の違うものを見せられている気がした。

第2部のほうは読ませどころになる。
作歌をしばらく中断してカムバックしてから、この人はとにかく無茶苦茶に破調をするようになった。

・真実を歌はむとする苦しみを彼も言へり桐の葉群(はむら)の黒く窓辺に迫る夜半

という歌は、「空白ののちに」という一連の最後に納められた歌。おそらく「空白」は歌をやめていた期間のことだろうが、その最後でこれが出てくる。下の句は完全に定型無視である。
もうとにかく思い切って、歌いたいことを歌うと言う方向へ行ったのかもしれない。

こんなすごいのもある。

・戦(たたかひ)を中に挟みて逢はざりき君は病を養ひて学窓に老い我はかくありて二人子の父

この歌が良い歌だとは思えないが、やっぱり思い切った方向へいくと、歌もよくなってくるみたいだ。職場詠も労働組合の歌が出てきたりして、だんだん勢いがついてくる。

面白いと思った歌をひいてみる。



・工場と営業倉庫にはさまれし運河の面に空うかびたり

・棕櫚の木をその中央に立たしめて人を入れざる芝生あかるし

・銭湯のはかりにのりて弟と体重のへりしこと嘆きあふ

・口数少く経にし日の暮(くれ)同僚にさそはれて街に飯食ひに出づ

・大会にすべて議りて進めむといふ闘争の歴史をわれら持たざれば

・ベンチの上に車夫は眠りて人力車のかたはらに焚火のあとくすぶれり

・今日も暑くなるならむ朝の駅前に銀バスが来て客おろしゆく

・ガスタンク二つならびて一つ高し近々と電車の窓より見ゆる

・ひけどきの日比谷の空に気付く者たれも無くゑがかれてゆく飛行機雲





この人の場合、認識が深くなるというよりも、口調がなめらかになって、だんだん勢いが出てくるような形で歌が変わっていっている。あきらかに2部のほうが素直になっていて、面白く読める。

今回は選ばなかったが、1部でも、2部でもどちらかというと生活のことを素直に詠った歌が多くて、そちらのほうが面白いという見方もあるかもしれない。

吉野さんは歌論も書いていて、そちらでも有名だそうだ。

こういう第一歌集を持った歌人がどういう形で年をとっていったのか、その軌跡を追うのも楽しい作業だろう。続きの歌集もたのしみだ。

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【追記】「風通し」我妻作品について

追記として、我妻俊樹「案山子!」のなかで良いと思った歌を上げておく。



・軽すぎるきのこがはえて宙に浮く屋根に屋根裏ごとはこばれる

・こうもりはいつでも影でぼくたちは悩みがないかわり早く死ぬ

・矢印を息で磨いてだるそうにしている女の子がまだつづく

・マサチューセッツ工科大学卒業後 ほんとうの自由にたどり着けるだろう

・五時がこんなに明るいのならもう勇気は失くしたままでいいんじゃないか




我妻作品にはどれも「現実」の手触りがないように感じた。
「軽すぎるきのこがはえて~」の歌は、

軽すぎるきのこがはえて宙に浮く/屋根に/屋根裏ごとはこばれる

ときってよみたいが、意外と順接な歌。「軽すぎるきのこ」というアイテムが屋根に生えているのだろう。そのきのこが「宙に浮く」ために、(私も私の家も)屋根裏ごと運ばれるという、一見コミカルな現象を歌った歌のようにおもう。

笹井宏之が写生と言っているが、一首全体が、完全にモノ化したストーリーで出来ている感じがある。我妻の名詞の使い方は、穂村弘がいうアニメモードの、「完全にモノ化した言葉」のように感じられる。

・こうもりはいつでも影でぼくたちは悩みがないかわり早く死ぬ

この「影」も、実際のこうもりの「影」ではなく、よくインベーダーゲームなどで出てくるあのバットマンのような「こうもり」の「影」を想起してよむと、わりあい順接の歌になるように思う。現実のてざわりを欠いたモノのなかで、悩みがない変わり早く死ぬ。と、作中主体は主張する。

矢印を息で磨いてだるそうにしている女の子がまだ続く

これも、「矢印」は完全にアイテムだと思って読む読み方と、非常口か何かの矢印だという取り方があるような気がするが、私は前者でとりたい。いずれにしてもこの「矢印」からは、現実のてざわりは感じられず、つるつるとした方向指示の「形」があるだと思う。

我妻作品が恐いのは、この息で磨いている「女の子」も全体としてひとつのアイテムだということだ。
女の子がまだ続くという言い方(女の子たちではない)は、モノとなった「女の子」がモノとなった「矢印」を息で磨いている状況がどんどん反復されていく、という様子を想像しないと読み切れないように思う。斉藤斎藤が指摘しているが、「2次元と3次元を往復している」というような感触が、我妻作品の手触りとしては私にはぴんときた感じがする。


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ほんとうに「風通し」はよかったのか? part2

「風通し」は雑誌のコンセプトが全くはっきりしない雑誌だし、おそらく編集者である斉藤斎藤も、それはあえてはっきりさせるつもりはなかったのだろう。

それはそれでよいとして、参加者が9人、それぞれ相互批評をするという形態は、果たしてこの場合成功していたのだろうか。

結局、読み手がこの雑誌に何か「感想」を言おうとすると、二つのタイプしかなくなる。

・「後半の議論」についてはいったん保留して、それぞれの作者の歌から好みの歌を抜き出して、自分の感想を言う

・「後半の議論」については保留し、さらに「作者の歌」についても保留し、とりあえずその努力を賞賛する。

まあ、いずれにしても、後半の議論はスルーされてしまうような運命にある、ような気がする。

この議論はあまりにも複雑に絡み合いすぎていて、結局のところ個々の歌に対するスタンスが何かぐじゃぐじゃになってしまっている印象がある。

単純に後半の討論について言えば、

・「9人は多すぎたんじゃないか」

・「さすがに交通整理役が必要だったんじゃないか」

という建設的な意見を言えば事足りるのかというと、どうも、僕のなかのもやもやがすっきりするわけでもなさそうだ。

なんというか、単純に後半の相互評がおもしろくないのである。

もうちょっと細かくいうと、彼ら(ら、とあえてくくらせてもらうが)の「読み」が、あまりにもどう「読む」かという微分的な問題にこだわりすぎて、結局歌の評価の「価」の部分をないがしろにしすぎているのではないかということだ。

ちょっと頭から、この後半部の議論で気になるところを抜き出してみよう。

たとえば宇都宮敦は、

・忘れてた米屋がレンズの片隅でつぶれてるのを見たという旅(我妻俊樹)

の一首に、このような反応をしている。

「このへんの歌が、今回の一連で一番我妻さんらしいなと思いました。言葉の屈折率が高いような作風の人でも、一首のなかでもたいてい一カ所、多くて二カ所くらいに意味が断絶するところをおさえると思うんですけど、我妻さんはもう一回曲げる。情報量的には、かつての穂村弘とかドライブ勝負の歌人と同じくらいなんだけど、一カ所、ふつうここは順接的に言葉をつなげるよなってところをもう一回曲げるので、意味的にだけではなく、ひとつのイメージに収斂していくことを拒む」

果たしてこの批評が今回の我妻作品の批評にとって、いや、この一首の批評としてもっともふさわしい「読み」なのか、 と言うと、僕はやや疑問だ。ここはがんこじじいにならせていただくが、批評用語の華麗さにくらべて、読みの内実がともなっていない印象を受けるのだ。

単純に言わせていただくと、この歌は完璧に日本語として失敗していないか?

この議論では、永井祐が指摘しているとおり、「忘れてた」が米屋にかかるのか、旅にかかるのか、つまり「忘れてた米屋が」となるのか、「忘れてた(、) 米屋がレンズの片隅でつぶれてる(。)」と区切るのか、一首の内部で判断することができない。

一応後者の読みをとって、

・忘れてた/米屋がレンズの片隅でつぶれてる/のを見たという旅

と区切って読む読みには賛成してもいいだろうが、そうするとこの「旅」は何なのか。
そもそも、「~したという旅」という言い方が日本語としてありえるのか。

というクエスチョンが残る。

言葉を屈折させていったら「詩」になるのか、あるいは芸術作品になるのか、といったら、決してそんなことはないだろう。日本語がおかしくて、しかもその日本語の「おかしさ」が、特に意図が見えずに差し出されてくるタイプの作品に対して、「秀歌性を求めるところとは違うところで歌を立ち上げようとしているところを評価」するような方向で評価しちゃっていいのだろうか。

誌面に登場していた我妻作品では、他にももっととられるべきいい歌があったはずで、「言葉を屈折させていく」という批評が事実だとしても、それでこの作品がひろく受け入れられる作品になるとはちっとも思えない。そこに何の価値があるのか。よくわからない。

失敗作は失敗作なんじゃないの???

この宇都宮の批評が代表しているような、まさに「内輪の言葉」でしか批評ができていない、批評が「その場にいる人」以外の場所へ届いていくのかよくわからない批評にはむしろ危機感を覚える。

各人がみんな宇都宮の「屈折」に巻き込まれてしまって、のっけから我妻作品を「どう救おうか」それぞれ言葉を選んでいるように見える様子は、いきなりだが読み手を強く幻滅させた。

ちょっとみんな、いい人すぎるんじゃないの???

なんだかしょっぱなで幻滅してしまったので、次の石川作品についてコメントを出せるのか勇気がなくなってきた。part2で終わらせるかも。

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ほんとうに「風通し」はよかったのか??? part1

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「風通し」 vol.1





斉藤斎藤さんが発刊したそのつど誌「風通し」を読んだ。前半は、短歌連作30首の新鋭歌人6人の競詠。後半は、それを参加者が相互にインターネットの掲示板で批評するという批評会記録から成り立っている。

掲示板で1か月にわたって議論を続けたという参加者たちの熱意や、この号のために30首連作を
作ってきたという、参加者たち個々の努力を賞賛することは簡単だ。

しかし、そういうふうに彼らを褒め称えることはなんとまあ、無味乾燥に聞こえることか。
努力で結果が報われるのなら、短歌というのはとても幸福なジャンルだろう。

そのような無味乾燥な賞賛の嵐は、どことなくこの雑誌の問題点を隠蔽しているようにしか感じられない。

「よくがんばったねー。」

ぱちぱちぱち。

ほんとうに、これでよいのだろうか。

いや、ちっともよくないのである。こうやって「風通し」が賞賛とともに、まさに「スルー」されていく状況というのは、ちっともよくないのである。

彼らの相互批評という努力には、それなりに誠意を込めた批評を持って対応すべきだろう。

はっきり言おう。

「風通し」は、申し訳ないが、ちっとも「風通し」がいい雑誌だとは思えなかった。

なんというか、相互批評という「読みのたこつぼ」のなかに読み手がずるずると巻き込まれてしまっていくような、そんな危うさをもった雑誌だと思った。

風通しの巻末にはURLが記入されていて、風通しを購入した人にだけ、その全ログを読むことができるようになっている。もちろん、ゲストブックも用意されていて、自由に書き込みもできるようになっている。もし「議論を続けたいのなら、こちらへ書き込みなさい」ということだろうか。

僕はこのURLにアクセスして、何かを書こうという気が全く起きなかった。

なぜだろう、と考えていると、どうしてもそのやりとりが、いろいろな意味で”クローズド”になってしまうことへの、畏れのような感覚があるからだとおもう。

これから膨大な量の風通しのやりとりに逐一反応出来ないのは残念なのだけど、少しずつ僕が感じた違和感のようなものを形にしていけたら、と思っている。

今日はそれほど時間がないので、とりあえず宣戦布告だけは出しておく。
細かい議論はまた後日。。。

それでは。

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【一首鑑賞】西田政史さんの一首



・蝉ひとつ鳴けばみな鳴く壮年はいかなる一日(ひとひ)より始まらむ




西田政史の歌集『ストロベリー・カレンダー』は、1993年に書肆季節社から刊行された。残念ながら、書肆季節社は個人出版社であり、現在は存在していない。西田政史も既に短歌の世界を去ってしまい、本は絶版。どころか入手困難になってしまっている。

以前紹介した、喜多昭夫の『青夕焼』と並んで、90年代を代表する青春歌集の双璧だろう。これに大塚寅彦の『刺青天使』をくわえると、入手困難青春歌集のトップ3になる。

残念ながら西田政史の『ストロベリー・カレンダー』は、僕も完本では持っていない。かろうじて詩歌文学館にコピーがあったので、半分だけ入手することができた。

この『ストロベリー・カレンダー』、巻末の塚本邦雄の解説がふるっている。「玲瓏」のなかで、荻原裕幸と西田政史は、筆跡の美と仮名遣いの正確さでは甲乙つけがたい存在だったらしい。荻原、西田がそろって、「筆跡がうつくしい」というエピソードは、その作風と並べて読むと、「なるほどなあ」という感じがするのだ。

まるで完成された、機械のように正確な文体。その計算された抒情性。ワープロのような完璧な抒情質を持つ荻原裕幸と西田政史は、やはりニューウェーブのもっとも重要な側面だったのだと思う。

残念ながら歌集を完本では持っていないので、一首だけぼくが秀歌だと思った歌を取り出して、この歌集『ストロベリー・カレンダー』の紹介の代わりとしたい。

                        ※

作品のなかの「私」は、おそらく一面に蝉が鳴いている夏のまっさかりにいる。

四方どこまでも蝉の鳴き声だ。「蝉ひとつ鳴けばみな鳴く」という上句からは、一匹の蝉が鳴き始めたら、まるでサラウンドステレオのように蝉がうわーっと鳴き始めた、あのちょっとだけ異様な光景を読み手に思い起こさせる。

そんな異空間のなかで、「私」はつぶやく。「壮年はいかなる一日(ひとひ)より始まらむ」と。

「私」はまだ若い。その若い「私」が、蝉の大音響がつくりだす異空間のなかで「壮年」を思うとき、「若さ」そのものが、一瞬揺らいでしまう。若さは、それを持つ人間にとっては確かなものとしてそこにある。しかし若さは、同時にすぐに「壮年」へと変わる不安定なものだ。そんな、「若さ」のもつ微妙なゆらぎが、蝉の大音響でみごとに表現されている歌だと思った。

蝉がわーっと鳴くなかで、壮年についてふと考えてしまう私。それはなんとあやうい、不安定なものだろうか。

                           ※

ニューウェーブとは、おそらく1990年代の文学運動であったというだけではなく、ある「若さ」への確信的な信仰のようなものを併せ持っていた運動だったのではないか。

(どの文学運動も、その基盤にあるのは「若さ」だったのかもしれないが…)

壮年になった西田政史、中山明は歌をやめ、加藤治郎、穂村弘は、その若さが持つ「輝き」をまったく失ってしまった。荻原裕幸は、以前の修辞的文体を捨て、自らの文体を再びアップデートさせようとしている。

この一首は、この世代の歌人たちが「若さ」に対して持っている、ある「信仰」のようなものを象徴する一首として、僕の心に残った。

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