春畑茜さん歌集「きつね日和」 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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春畑茜さん歌集「きつね日和」











これはご紹介しておかなければ…と思って、書いています。

春畑茜さんの歌集『きつね日和』

春畑茜さんは去年の題詠100首ブログではじめてお名前を存じあげて、

「ああ、これはいい歌をお読みになっている方かもしれない」

と思って、今年になって歌集を買いました。

いや。やっぱりいい歌集だ。
いい歌集だよう。

いい、いい。と連発すると、褒めてるんだかなんだかわからなくなるみたいだけど、いい歌集なんです。ほんとにいい歌集なんです。


・晩年はいつとは知らにおとづれむ夕闇に眼が慣れゆくやうに


これは、今年に入ってから覚えた歌のなかで間違いなくマイベスト5に入る歌です。ぐさっときました。ぐさっときました。

ああ。そうか。晩年というのは、気がつかないうちにやってくるのか。

「夕闇に眼が慣れゆくやうに」

これは安息ではない。
晩年は、やすらかにやってくるわけではない。

自分でも気がつかないうちに、それに慣れていくように。
ぼんやりと、やってくる。

怖いわけでもない。
ほんとうに、気がつかないうちにやってくる。

そして、その感覚を、あくまでしずかにうたう。

しずかだ。この歌はしずかだけど、とてもせつない歌だ。

             ※

巻頭の連作、『天蓋花』

これは絶対にまとめて連作として読みたい作品。

ごんぎつねを読むお母さんの立場になって描かれた連作ですが、連作の途中ですごい展開になっていく。どうなっていくかは書くのはやめておきましょう。

・雨の日の母子の遊びさびしくてわが描く花を子は塗りつぶす

・描かれてきつねのごんは見てゐたり絵本の秋をゆく葬の列

・ごんぎつねけふを撃たるる身と知らず絵本の山に栗を拾へる

・秋草はひかりと影をゆらしをり栗を運べるごんのめぐりに

・そののちを本は語らず 裏表紙閉づればしろく野の菊が咲く

ここには、核心的な歌は入れなかったけど、「連作って、こうやって構築していくんだ」、という見本のような展開にいきなり息を呑むことになるでしょう。

その他の歌もいいです。
いくつかご紹介。

・何処もみな遠いところに思はれて日なたへ陰へ子の手を引けり

・黄昏のみづの記憶は濃くあはくモネ亡きあとを浮かぶヴェネツィア

・たましひのけ寒き夕べかがやきは鶏卵を割る手よりくだりぬ

・売られゐる風船はみな寡黙なりガスに膨らむ身をつながれて

・パヴェル・ネドベド秋のひかりに名を呼べば海のむかうの塔のごとしも

きつね日和は、こんなとてつもない秀歌がいくつも収められた歌集です。うつくしいです。うつくしいけど、とてもさびしい。

人それぞれ、選ぶ歌が全然違ってくる歌集なのではないでしょうか。

それもまたいい歌集な理由でもあります。

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