言葉の力 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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言葉の力

国語力の低下は、ほんとうに著しいような気がしている。

国語力が低下したというか、言葉に対する想像力が著しく低下しているのではないか。

たとえば、マスコミは首相に対して、「あなたはそれを言ったじゃないか」と強くいう。

あるいは、「だれだれさんがこう発言をしました」ということだけがクローズアップされて記事になったりする。

仕事をしているときも、勉強をかつて教えていたときも、そういう実感を持った。

職場では、「上司はこう言ったから…」ということで、言われたことだけをみんなしようとする。

勉強でも、先生がこう言ったから、という理由で、言われたことだけをやろうとする。

なんでみんな、その人が「言ったこと」だけが大事になってしまっているのだろう。

こういうふうな考え方をする人は、「場」に対する想像力が著しく欠けている場合が多い。

こういう局面で、こういう言葉でるということは、その人はほんとうはこういうふうに言いたいのよね。というような想像力だ。

仕事の上でも、だれかがこう言った、目的はこれこれこれ、ということであれば、目的達成が主題であって、「こう言ったこと」はそれほど重要じゃないということが理解できるだろう。

そういうことを、ほとんど考えようとしない。

いつのまにか、その一語一語の意味を理解することだけが目的になってしまって、文脈がまったく無視されているのと同じ現象だ。

国語を教えていたとき、よくこういう実感を持ったけれども、
その言葉の「意味」がわからないと、そこで文章を途中で放棄してしまう国語嫌いがなんと多かったことか。

今の日本の国語力と、この場の問題は関係しているような気がする。

日本では短歌や詩といったいわゆる圧縮度の高い文芸は地位が異常に低いのだけど、これは少ない情報量から、多大な意味を読み取ることのできるというようなリテラシーが、日本から失われつつあることの証明ではないだろうか。

言葉の力を守りたいものだ。

国語プロパーな人間として、そう強く感じた一日だった。

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