栗木京子『けむり水晶』(さまよえる歌人の会レポート) | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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栗木京子『けむり水晶』(さまよえる歌人の会レポート)

(遅ればせながらですが、過去の文章を再整理していたら、栗木京子さんのレポートが
出てきました。何も更新しないのは非常に恥ずかしいので、過去の文章の整理がわり
に、こちらへ転載させていただきます。)

第6回「さまよえる歌人の会」
2007年 6月23日(土)5時半~
渋谷区勤労福祉会館 第四洋室

栗木京子『けむり水晶』レポート










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はじめに

 栗木京子の歌はよく、「理性的・知的」と称されている。


作者は現実生活の影の部分を多く詠う。手放しに夫婦関係や育児を讃えることは少ない。しかしそれは、現実はどうあれ、歌という空間においては感情を理性で統御して見せようとする作者の姿勢の結果であったのであろう(大松達知)

また、同様にこのような説明も見られる。

感覚的な冴えが、ひらめきが、時に五官では知覚できないものまでも感知してしまふのは、感覚の芯に、抽象的な、一種の科学的思考が働いてゐるせゐだらう。それが栗木京子の感覚であり、女性らしいみづみづしさと共に、また女性には珍しい硬質な叙情性をも、多くの作品に付与する因となつてゐると思ふ。(高野公彦)

いずれも、栗木の歌を理性的、抽象的といったキーワードで捕らえていることがわかる。

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栗木京子 略歴

1954年生まれ。京都大学理学部生物物理科卒業。1975年4月、コスモスに入会。同年、「二十歳の譜」で角川短歌賞次席。同時に、京都大学短歌会に誘われ、塔の歌会にも顔出すようになる。1979年、結婚と同時に短歌活動を中断。コスモスを退会。1981年、作歌再開。塔に再入会。1984年第一歌集『水惑星」(雁書館)。1990年第二歌集『中庭(パティオ)』(雁書館)1994年第三歌集『綺羅』(河出書房新社)(第五回河野愛子賞受賞)1999年第四歌集『万葉の月』、2003年第五歌集『夏のうしろ』(短歌研究社)(第五回読売文学賞、第八回若山牧水賞)2006年『けむり水晶』(第41回迢空賞)

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栗木京子の歌について

観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日われには一生 『水惑星』

という普遍的な恋の歌があまりにも有名な歌人だが、この作品は京都大学在学中の作品であり、このようなあまやかな恋を詠った歌は栗木のこれまでの歌集を通読しても非常に少ない。個人史のなかで俯瞰すると、結婚して歌を中断する前の時期に、この傾向の歌は集中している。

誰彼にベル鳴らしつつ自転車で春浅き日の橋渡りゆく

はつ夏の夕べ木槿は白く咲き詩のごとき愛捧げてみたし

初期の栗木の恋の歌は上手な歌だが、やや生硬で、道具立てが決まりすぎている印象があり、後半で展開される陰翳の深い世界と比べてみてもやや物足りない印象がある。このような歌の終わりは、京都大学卒業が描かれた第一歌集中の連作中で明示されている。

退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都
       
以降栗木は、妻としての日常を独特の陰翳ある筆致と、シャープな感覚で描いていく、という方法に次第に変化していく。

鶏卵を割りて五月の陽のもとへ死をひとつずつ流し出したり『水惑星』

新たなる風鳴りはじむ産み了へて樹のごとくまた締りゆく身に『水惑星』

容赦なく明日は来てをりこの空の向こう側へと流れ去る雲『水惑星』

交信のしるしのごとし幾千の雨傘するどき切先を空に『中庭(パティオ)』

すぢ雲の航跡空に消えむとすためらひ傷の痛み残して『中庭(パティオ)』

尾を断つは頭おとすよりもおそろしく日高銀毛の鮭に真向かふ『中庭(パティオ)』


第五歌集『夏のうしろ』(2004年)より、栗木の世界は新たな題材的深化を遂げていく。これまでの特質だった、「認識のするどい日常詠」に加えて、社会詠などを積極的に取り入れていくようになる。

バスジャック事件を詠った

主義のため人殺したる少年は学生服着てゐたりき哀し

普段着で人を殺すなバスジャックせし少年のひらひらのシャツ

拉致事件を詠った

国家といふ壁の中へとめり込みし釘の痛みぞ拉致被害者帰る

など、第六歌集にいたるまでの栗木の題材は第五歌集をもって完成していると言ってよく、本作、けむり水晶は、第五歌集までの栗木の達成のほぼ延長線上にあるとともに、さらなる深化を遂げた歌集であると言えるだろう。現在の栗木は、まさに円熟期にある。

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2・けむり水晶について

一・認識と主知の歌

けむり水晶を一読して強く感じたのは栗木の歌が「認識的・主知的」な歌であるということだ。栗木の着眼点は、とにかく「形象」の方向へ飛ぶ傾向が強い。もっとも印象深かった歌をいくつか引いてみる。

少しづつ広げショールと知るまでのうれしさよ夫の上海みやげ(P29)

夕闇に毛の生えてゐるひとところ身ぶるひをして犬歩み出す(P62)

庭の落ち葉燃えつきしのちひつそりと火を離れゆく火の匂ひあり(P39)


一首目は一読他愛のない歌だが、「少しずつ広げショールと知る」、特に「少しずつ」という描写に、この歌人の認識の業を見てしまう。「それが何かわからない混沌としたもの」を「少しずつ」形を明らかにしていって、それが最後にショールだと知ることに、「うれしさ」を感じる。蒙昧としたものに形を与えられたうれしさと、上海みやげであるうれしさが混在するような感覚。栗木の認識への欲求は、この歌には端的にあらわれているように思う。


二首目は、そこはあきらかに「犬」がいた空間なのだが、その空間を、「毛の生えてゐるひとところ」と表現するあたりが離れ業だ。つまり、犬としてそこに静止していたときは、犬は「形を与えられない」風景の一部だったのである。それが、身震いをした瞬間に、「犬」が動き出した。このような認識の離れ業が、栗木の底流にあるといえよう。

三首目。非常に視覚優位のものの捕らえ方をする栗木ならではの歌。

火を離れていく火の匂いがある。というのは、もともとかたちをもたない嗅覚に属する分野であった「火の匂い」を、火を離れていく~がある。というように、無理やり視覚的に読み替えてしまう。

栗木京子は、このようにもともと視覚に強く寄りかかった捉え方をする歌人であり、その認識のするどさにおいて、ほかの女性歌人の追随を許さない日常詠を構築する。

踏み切りを待つ間かがみてをみな子のスカート直す父親の見ゆ(P25)

たとえば、これも他愛ない歌だが、「スカート直す」というあたりをこまかく発見するあたりに技がある。

雛飾る部屋の暗さよ人形の白き顔にはほくろのなくて(P49)

ほくろ。という具体物まで踏み込んで表現するあたりがいい。

水あれば橋かかりゐて橋の上あるく足見ゆ歳晩の夜(P200)

この歌も、丹念に描写して、日常を異化している。

栗木に失敗歌があるとするとは、このように認識と感覚を意識的に統合できないあたりに生まれてくる。

ここを弾けば醜き音の出るべしと知りつつ人に向き嘆きをり(P27)

ドーナツのかたちのレコード盤などに触れたし心ささくれ立つ夜は(P114)

てのひらを沈めて水の冷たさを知るやうに夜を人に逢ふかな(P183)

一首目では、聴覚が詠われているが、聴覚主体で詠われた感覚は少しあいまいな感じがする。二首目は平凡な歌に終わっているが、それは「触れたし」という感覚と、ドーナツの「かたち」という認識の部分が未分離になってしまったためだろう。

三首目は失敗歌ではないが、手のひらを沈めたあとに、「水の冷たさを知る」というかなり特異な感覚が詠われている。普通、「水の冷たさを知る」のは手のひらを沈めた「あと」ではない。この作中主体は、自分で意識して手のひらを沈めたのだろう。そして、そのあとに「冷たさを知る」。自分の身体感覚のなさを証明するような比喩が出てくるのが興味深い。

さらに、この栗木の認識優位の感覚は、認識から存在に迫ろうとする優れた歌をいくつも生み出している。

ゴム底を見せて干さるる長靴に被爆国ニッポンの夏の日は照る(P11)
胡桃の実二つに割られ机の上に仰向けにあり死者たちの朝(P151)
蒲焼に日本酒垂らしつつ思ふ茂吉に残りゐし色欲を(P8)
死にし鳥ふくろ詰められ捨てられき袋に詰めれば無になるか全て(P46)

 いずれも景情一致の秀歌だと思うが、一首目にのみ触れておきたい。

この「ゴム底を見せて干さるる長靴」にはすでに見た感じがある。『夏のうしろ』にとんでもない秀歌が紛れ込んでいるのだ。

 ・白き底見せて干さるる秋の舟をんなは臍より老いてゆくらむ『夏のうしろ』

思えば、、『夏のうしろ』は徹底的にうしろを見る歌集だった。

秋空にひとつ浮く雲裏返せばびつしりと火を吹くことあらむ『夏のうしろ』

夏のうしろ、夕日のうしろ、悲しみのうしろにきつと天使ゐるらむ『夏のうしろ』

認識の歌人、栗木京子は、時折、うしろや闇といった「見えないもの」に強いシンパシーを感じるタイプの歌を作る。栗木の歌が、存在そのものへ向かおうとするとき、徹底的に表面を見ようとし、ふと後ろを覗き込む形で現れてくるものなのかもしれない。

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二 見えぬものの詠われ方

 栗木京子には、このような徹底した認識とは反対に、夢想の異界を想起する歌も非常に多く存在している。


八月の海の底にはスタジアムありぬ旗降る兵士に満ちて(P11)

雪晴れの朝はふと見ゆ人らみな縫帯巻きてゐる国などが(P38)

幸せとはからだに燈ともること改札口に人を待ちをり(P131)

純白の水着たたみてリュックへと詰めたるとほきとほき夏あり(P80)

秋祭りのパレードをゆくホルンありホルンはいつも産後のやうで(P17)

十四歳未満は逮捕ではなく補導 ギンヤンマの翅まだ濡れており(P22)

秋の雨はれて明るむ古書店にすらり入りゆくガゼル一頭(P113)
机の上を大名行列ゆくといふ幻覚たのし下戸のわれにも(P115)
お神輿のごとくパトカー渡りゆく欅若葉の光る踏切を(P56)

いずれも美しい光景だ。四首目の歌に特徴的であるが、栗木の歌にとって、回想はなにか美しい光景として存在しているように感じる。一首目、二首目ともに、戦争を題材にとった歌であるにもかかわらず、むしろ美しい光景だ。二首目の包帯も、どことなくやわらかな叙情をたたえている。栗木にとって、比喩的な光景は何か回想として存在しているようだ。徹底的に認識を貫く歌人にとっては、「想」はいつも、知の空漠を埋めるものとして存在するのだろう。
 三首目の歌、「からだに燈ともること」の歌は、「手のひらの歌」とセットで読むとなんとなくわかりやすいかもしれない。「からだに燈ともる」とき、そこにはリアルな身体感覚は存在していない。見えぬものは、常に光景としてしか存在し得ないという、栗木の苦しさを現している秀歌だと思う。

とりとめもなく書いた。
栗木京子の近年の社会詠についての可否は、議論の場に譲ることにしたい。

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