喜多昭夫第一歌集「青夕焼」 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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喜多昭夫第一歌集「青夕焼」

変換 ~ 青夕焼


喜多昭夫『青夕焼』(絶版)





喜多昭夫さんの第一歌集『青夕焼(あをゆふやけ)』は、1989年に砂子屋書房から発刊されたが、現在は完全に絶版となっていて、図書館でしか手に入らない貴重な歌集になっている。(横浜市の図書館にはかろうじてある)

喜多昭夫さんの20歳から26歳にかけての作品がおさめられているが、短歌マニアの間では、この歌集を80年代を代表する青春歌集の一つに上げる人も多い。

本当に美しい青春の歌の数々。。。



・オレンヂを積む船に手を振りながらさびしく海を信じてゐたり

・海越ゆるましろき蝶のはばたきに少年の日はきらめきやまず

・目つむりてきみの水脈さぐるとき短篇小説のごとくさまよふ

・霞たつパウル・ツェランの胸処にて脚韻の詩を恋へり少女は

・水底に硬貨のごとき星を擁き春のセーヌのむらさきの闇





なんといえばいいのか、「脚韻の詩を恋へり少女は」とか、「少年の日はきらめきやまず」とか。。。
思わず「ああ、青春」と叫んでしまいそうな、美しい美質にあふれた歌の数々ではないだろうか。

しかし、喜多昭夫という人はたぶん「単なる青春歌人」にはとどまらない。

喜多昭夫は、自分の歌の源流を寺山修司に見ながら、それを巧みに自分のなかに取り込んで、歌をコピーして自分のものにしてきた。たとえばこのような歌には、きわめて忠実に寺山修司の抒情を再現して歌を作ったあとが見られる。



・晩夏(おそなつ)の埠頭に置かれたる母の麦藁帽子のなかのソネット

・いもうとの涼しきこゑは修司祭のビラ配りゆく林檎園まで





ここまで綺麗に寺山のコピーができるというのは、ほとんど才能に近いだろう。喜多昭夫は、言葉をコピーする天才だったのだろうと思う。

その一方で、こんなタイプの歌もある。



・水着着てマネキンのやうな君ですねまはりの空気ごと移動する

・「がんばるわ」なんていふなよ息をふきかけるときみはまはりはじめた




ここには、口語の文脈をとりいれながら、歌をカッコよく「きめる」歌いぶりとは少し違った、なだらかな「はずす」歌いぶりが見られる。

こんな「はずし」方が、たぶん極点まで達すると、こういう歌ができてしまうのだ。



・すれちがひざまに天才バカボンのパパかもしれない岡井隆は

・二代目の仮面ライダーやつてきて「ライダーキック!」と叫びつつ蹴る

・あなたしかしらないやうな樹ですからこえだにふれるとき気をつけて




一番始めにあげた5首と、この3首の落差は一体どこから来るのだろうか。おそらくこちらの文脈は口語とか、広告のコピーといった流行の言語に耽溺した結果生まれたものなのかもしれないと思う。

一冊の歌集のなかで、かっこよくキマった文語の青春歌と、こうやったゆるい口語脈の「歌い下げた」歌たちが同時に混在する喜多昭夫の第一歌集。喜多昭夫は、ふたつの言葉に引き裂かれた歌人として出発したのだ。

ライトヴァース・ニューウェーブの時代を語ろうとするとき、喜多昭夫という歌人の出発は、絶対に避けては語れないものだろうと思っている。

そういえば喜多には、寺山修司と春日井建を論じた、入魂の歌論集がある。amazonで1円(!?)というすごい値段で売っているけど、この論集と読んでいくと、喜多昭夫が寺山をどういう歌人として見ていたのか、よくわかる。

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はやくこの歌集、『青夕焼』が復刊にならないかなあ。喜多昭夫は、ニューウェーブの時代のなかで、おそらくおそろしいほど過小評価された歌人だと思う。熱烈に復刊を希望します!!

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