
佐藤弓生歌集
『眼鏡屋は夕ぐれのため』
・閉じられてねむる深夜の地図帳に紅海ふかくふかく裂けおり
夜。みんな、おそらく眠っている。しずかなしずかな真っ暗闇のなかで、地図帳が一冊置かれている。その閉じられた地図帳のなかで、「紅海」が紅海の形でふかくふかく裂けているのだという。
歌人というのは、見えないものを見ようとする人種なのかもしれない。
閉じられた地図帳のなかの、誰も見えない紅海の裂け目を、わざわざ思い描く人は、なかなかいない。この本のなかには、日常生活のなかでは絶対に見ることができない場所を見ることができる不思議な能力をもった人の作品がたくさん収められている。
・人工衛星(サテライト)群れつどわせてほたるなすほのかな胸であった 地球は
・体内にひろがる庭へひとつぶの葡萄の種をのみくだしおり
一首目。地球をとおくから見ていると、まるで人工衛星をほたるのように身に纏っている胸のようだと感じる、その感受性。
二首目。たんに葡萄の種を飲んでしまった、といっては、あくまであたりまえの現実になってしまうけど、この人は、そんなことすら、「体内の庭へ葡萄の種を植えた」んだと表現する。その瞬間、歌は急に、力強い生命感に満ちあふれてくる。
佐藤弓生さんの第二歌集
『眼鏡屋は夕ぐれのため』 には、そんな日常とまぼろしがほどよく調和された詩の世界がひろがっている。どのページを開いても、おそらくそんな「びびっとする」イメージの歌が一首か二首は見つかるはずだ。
・かんたんなものでありたい 朽ちるとき首がかたんとはずれるような
・三日月のうごめきかすかいつか地にめれんげいろの蛾の群れるまで
・真夜中にポストは鳴りぬ試供用石鹸ふかく落としこまれて
・死んでゆく女ばかりが美しいものがたりあり絶えることなし
・水に身をふかくさしこむよろこびのふとにんげんに似ているわたし
どの歌も、なんだか不思議なイメージが満ちていて、そのうえ、すこし哀しい感じを漂わせている作品たちだ。どうやら、佐藤弓生さんは、「にんげん」じゃないみたいだ。とつぜん首がかたんとはずれるような、かんたんなものでありたいと歌う佐藤さんは、少しさみしい。
そんな「にんげん」でない佐藤さんのこの歌たちが、とても好きだと思った。
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