ほんとうに「風通し」はよかったのか? part2 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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ほんとうに「風通し」はよかったのか? part2

「風通し」は雑誌のコンセプトが全くはっきりしない雑誌だし、おそらく編集者である斉藤斎藤も、それはあえてはっきりさせるつもりはなかったのだろう。

それはそれでよいとして、参加者が9人、それぞれ相互批評をするという形態は、果たしてこの場合成功していたのだろうか。

結局、読み手がこの雑誌に何か「感想」を言おうとすると、二つのタイプしかなくなる。

・「後半の議論」についてはいったん保留して、それぞれの作者の歌から好みの歌を抜き出して、自分の感想を言う

・「後半の議論」については保留し、さらに「作者の歌」についても保留し、とりあえずその努力を賞賛する。

まあ、いずれにしても、後半の議論はスルーされてしまうような運命にある、ような気がする。

この議論はあまりにも複雑に絡み合いすぎていて、結局のところ個々の歌に対するスタンスが何かぐじゃぐじゃになってしまっている印象がある。

単純に後半の討論について言えば、

・「9人は多すぎたんじゃないか」

・「さすがに交通整理役が必要だったんじゃないか」

という建設的な意見を言えば事足りるのかというと、どうも、僕のなかのもやもやがすっきりするわけでもなさそうだ。

なんというか、単純に後半の相互評がおもしろくないのである。

もうちょっと細かくいうと、彼ら(ら、とあえてくくらせてもらうが)の「読み」が、あまりにもどう「読む」かという微分的な問題にこだわりすぎて、結局歌の評価の「価」の部分をないがしろにしすぎているのではないかということだ。

ちょっと頭から、この後半部の議論で気になるところを抜き出してみよう。

たとえば宇都宮敦は、

・忘れてた米屋がレンズの片隅でつぶれてるのを見たという旅(我妻俊樹)

の一首に、このような反応をしている。

「このへんの歌が、今回の一連で一番我妻さんらしいなと思いました。言葉の屈折率が高いような作風の人でも、一首のなかでもたいてい一カ所、多くて二カ所くらいに意味が断絶するところをおさえると思うんですけど、我妻さんはもう一回曲げる。情報量的には、かつての穂村弘とかドライブ勝負の歌人と同じくらいなんだけど、一カ所、ふつうここは順接的に言葉をつなげるよなってところをもう一回曲げるので、意味的にだけではなく、ひとつのイメージに収斂していくことを拒む」

果たしてこの批評が今回の我妻作品の批評にとって、いや、この一首の批評としてもっともふさわしい「読み」なのか、 と言うと、僕はやや疑問だ。ここはがんこじじいにならせていただくが、批評用語の華麗さにくらべて、読みの内実がともなっていない印象を受けるのだ。

単純に言わせていただくと、この歌は完璧に日本語として失敗していないか?

この議論では、永井祐が指摘しているとおり、「忘れてた」が米屋にかかるのか、旅にかかるのか、つまり「忘れてた米屋が」となるのか、「忘れてた(、) 米屋がレンズの片隅でつぶれてる(。)」と区切るのか、一首の内部で判断することができない。

一応後者の読みをとって、

・忘れてた/米屋がレンズの片隅でつぶれてる/のを見たという旅

と区切って読む読みには賛成してもいいだろうが、そうするとこの「旅」は何なのか。
そもそも、「~したという旅」という言い方が日本語としてありえるのか。

というクエスチョンが残る。

言葉を屈折させていったら「詩」になるのか、あるいは芸術作品になるのか、といったら、決してそんなことはないだろう。日本語がおかしくて、しかもその日本語の「おかしさ」が、特に意図が見えずに差し出されてくるタイプの作品に対して、「秀歌性を求めるところとは違うところで歌を立ち上げようとしているところを評価」するような方向で評価しちゃっていいのだろうか。

誌面に登場していた我妻作品では、他にももっととられるべきいい歌があったはずで、「言葉を屈折させていく」という批評が事実だとしても、それでこの作品がひろく受け入れられる作品になるとはちっとも思えない。そこに何の価値があるのか。よくわからない。

失敗作は失敗作なんじゃないの???

この宇都宮の批評が代表しているような、まさに「内輪の言葉」でしか批評ができていない、批評が「その場にいる人」以外の場所へ届いていくのかよくわからない批評にはむしろ危機感を覚える。

各人がみんな宇都宮の「屈折」に巻き込まれてしまって、のっけから我妻作品を「どう救おうか」それぞれ言葉を選んでいるように見える様子は、いきなりだが読み手を強く幻滅させた。

ちょっとみんな、いい人すぎるんじゃないの???

なんだかしょっぱなで幻滅してしまったので、次の石川作品についてコメントを出せるのか勇気がなくなってきた。part2で終わらせるかも。

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