外国を学ぶこと | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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外国を学ぶこと

昔からサッカーを見ていたけど、サッカーが文化につながってるなんて思いもよらなかった。

日本のサッカーは今すごく盛り上がっているけど、「狂信的なファン」というのはまだそんなにいない。

しかし香川が活躍してるドルトムントなんかの雰囲気を見ていると、ファンはむちゃくちゃ狂信的。

この前だったか、シャルケと戦って勝ったとき、ファンがおじいちゃんからこどもまで、もう街中で熱狂している。

負けたシャルケのファンが涙ぐんだり下を向いているのをみて、

「あ、この人たちはサッカーがほんとに好きなんだ」

とおもった。いや、あれは好きというレベルじゃなくて、もう信じちゃってるレベルだ。

そんな風にヨーロッパでとらえられているサッカーをみて海外サッカーのファンになるひとも日本には多いようだ。

今有名なスポーツライターさんとかは、完全に「海外サッカー狂」で、もう

「海外しか見ていない」

と言う人が中心だった。

15年前のサッカー専門誌はほんとにJリーグができて間もなかったから、日本のサッカーは技術的にも、ファンの見方も今とは全然違っていた。

当時の記事は海外サッカー一色。

やっぱり、昔から「サッカーにはまっていた」人はサッカーが文化だって知ってたんだろうな。

                     ※


ぼくもまさかサッカーが文化だなんて想像もつかなかったし、スポーツのひとつだろ、ぐらいにしか思ってなかった。

そんなとき、サッカー雑誌はヨーロッパのサッカーの記事でうめつくされていたから、あの頃からサッカーに影響を受けていた人が海外サッカーファンになる気持ちはなんとなくわかるけど。。。

ぼくの場合、父親が野球狂だったので、「野球、なんかだっせーな」と思ってサッカーを見始めたぐらいだから、その頃はサッカー見ててもほとんど意味がわかっていない。

それこそオフサイドもわからん。

ドリブルとパスのタイミングとかわからん。

さらにぼくは人の動きを見て「どういう体の使い方をしているか」とかを想像するのがむちゃくちゃ鈍いので、ほんと外国のサッカーはまったく訳がわからなかった。

アトレティコマドリーのスタジアムの雰囲気がすごくよいことや、ファンが大声を出して盛り上がっていることぐらいしかわからなかったんだけど。

ただ、どういうわけか「体の使い方」とか「テクニック」みたいなのがわからなくても、サッカーは見てて面白かった。

何が面白いのかと言われると難しいのだけど、最初みてたころは

「外国人選手の名前」

トレビソンノとかミロとかサリナスとか、野球の選手と違っていろんな国から外人が来てる。

つまり、サッカーが好きというより、地理で勉強したような「ちょっとマニアックな国」の外人がやってきてて、その国のらしさをフィールドで披露してくれる、というのが面白かったのだ。

あとは東京で学生生活をしていたとき、本を読んで気晴らしにいくときに使う費用は1500円までと決めていた。

そうすると大体三軒茶屋あたりの映画館で二本立ての映画でもみるか、サッカーのJFLを見に行くかになる。

そのとき見てたのが東京ガス。
(当時は2部リーグだったので、チケットも1500円。学生にはありがたかったのだ)

いわゆる「サポーター」という人たちが滅茶苦茶熱狂的に声を出して応援している様子が面白かったので、最初はサッカーの「サポーター」を見にスタジアムへ行った。

そうすると、サッカーというのは、「雰囲気を味わうスポーツ」なんだな、というのが大体わかってくる。

この場面はいい場面、悪い場面、というのはサポーターの歓声が教えてくれる。

声を聞いて、ぼくはサッカーの見方を覚えたようなものだ。

サッカーがだんだん発展してきてもぼくは「日本にやってくる外国人選手」にいつも興味があった。

よく考えれば外国人選手というのは出稼ぎ労働者で、その国から日本にやってくるときに日本と外国の習慣の違いを一番体感している人、ということになる。

後は日本代表を指導しにやってくる外国人監督とか。

クラマー(ドイツ)
オフト(オランダ)
ファルカン(ブラジル)
トルシエ(フランス)
ジーコ(ブラジル)
オシム(旧ユーゴかな?)
そしてザッケローニ(イタリア)

これって、アメリカ人しか来ない野球と違って、非常に国際的な顔ぶれだ。

明治時代に日本にものを教えにきた外国人も、圧倒的にアメリカなんかよりもヨーロッパの顔ぶれの多いこと多いこと。

覚えているのは明治時代のブルーノタウトぐらいだけど、とにかくヨーロッパから日本が受けた影響はアメリカの比ではない。

ヨーロッパの考え方は、とにかくオープンなアメリカよりも、少し落ち着いていて、やや奥が深い感じがする。

ものを教えるときも、オシムなんかは言葉の達人だったし、それぞれ日本代表監督になるような人はことばもものの見方もしっかりした人が多かった。

そもそも「スポーツ」としてものをとらえるというとき、ぼくらはイメージでは「アメリカっぽい」感覚でスポーツを見ているのではないか。

しかしヨーロッパのスポーツはちょっと違う。

アメリカ人のように「オーケー、ナイスバッティング」ではなくて、どちらかというと、そこに「メディアとスポンサーと環境と人格教育、」=「つまり文化そのもの」まで持ち込んでしまう。

ヨーロッパの人が日本に来るとき、どういうわけか「技術的なこと」ではなくて、精神的な感覚の違いををそこに見てしまうらしい。

数々の名言を残す。

「私にとって日本は美しいし、人々はとても誠実で規律正しい。幾らか退屈ではあるけどね。選手とは全く問題がないし、言われること全てをこなしている。サボることもないし、彼らをコントロールする必要もない。唯一の問題は彼らを練習から追い払うことかな。」

 イビチャ・オシム


「日本人が不真面目なのに驚いた。人ががんばっているのを肌で笑おうとする」 フィリップ・トルシエ

「我々の目標はアルゼンチンに勝つことではなく、成長していくこと」

ザッケローニ

どういうわけかヨーロッパの言葉は、スポーツについて語っているのではなくてメンタルのことを語るときに深みが出るのだ。

今ではサッカーはぼくにとって言葉を楽しむスポーツになった。

ありきたりのレポーターの

「うん、○○選手、今日はキレがありますね」

よりもよっぽど面白いし、時々深いところに刺さってくれる。

外国のことを知りたい、外国が大好き、とぼくも思うけど、いきなりそれこそ海外のサッカーファンのように、日本を無視して外国へいって外国信者になって戻ってくるような日本人にはなりたくなかった。

日本には、外国人を日本に呼んで、そこで日本と外国の違いを少しずつ差を感じながら学ぶという伝統が昔からあるわけだから。

こういうところから少しずつ「外国」を想像する楽しみは、いきなり外国へいくよりもちょっと恥ずかしげで、趣があるとおもう。

無理をして日本を忘れて外人になる必要はない。

ぼくが留学したいといったとき

「おまえは成城のお嬢ちゃんにでもなるつもりか」

と、父親から激烈に反対されたけど、この点では父親が正しかったような気がする。
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