大辻隆弘第五歌集『夏空彦』 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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大辻隆弘第五歌集『夏空彦』

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大辻隆弘の第一歌集『水廊』は、私にとってももっとも忘れ難い歌集の一冊である。

一読したとき、「ああ。これは、自分じゃないか」と、(勘違いも甚だしいが)何度も何度も読み返したものだ。この小文を書くためにまた繰り返して読んだが、300首近くある歌のなかで、付箋がつかない歌を探すのが難しい。

ざっと読むだけでも、80首程度の歌が、ほぼ○で埋まった。

愛する歌集であるだけに、代表歌をあげることも、客観的に批評することも、歌集から受ける私のてざわりをどうしても損なう気がして、なかなか難しい。

ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、私の眼の前にあらわれた大辻は、「水」と「ひかり」と「雨」と「夜」の歌人の姿をしていたような気がする。













・癒えゆくにあらねど冬のひかり降る埠頭にこころあそばせてゐつ

・ゼフュロスは雨をたづさへ街路樹とわれらを濡らす、別れを言はう

・ひそやかに樹界うるほふ霧の夜を眠らな 深き眠りはわが巣

・朝の樹にきらめき返す水の襞 うつむいたまま夏が終るよ


(『水廊』より)




やわらかく、重厚な文語で歌われる大辻隆弘の作品世界のなかで、あこがれや癒撫といったものの象徴として、頻繁に「水」や「ひかり」といった語彙が使われ、同様に存在の深部や、無意識のイメージとして「夜」の歌が頻出する。

私は、「水」や「ひかり」といった言葉がもつきらきらとしたうつくしさに強く惹かれたし、同様に「雨」や「夜」といった言葉がもつ、ハイデガー的とでもいえるような重厚さにも強くうたれた。

大辻が歌うものは、若さであり、青春であり、あこがれであり、癒しであり、同時に存在の深部にとどくような、闇だった。

                        ※

第二歌集、第三歌集、第四歌集と、年齢とともにより苦みを増した大辻の作品を、かみしめるように読み継いできた。

それは大辻の歌業のなかで、「水」や「ひかり」、「夜」や「闇」といったイメージが、次第に短歌の後景に沈んでゆき、かわりにむき出しの日常や社会が、短歌の前景にあらわれてくるさまを見つづけるものだったとも言えるかもしれない。




・目覚めよ、と呼ぶこゑありて目ざむればまだ手つかずの朝が来てゐる

・凍るやうな薄い眸をとぢて聞く ジュビア、ジュビア、寒い舌をお出し

・あさがほの花はうすらに終極の影ひく時を待ちゐるらむか

・ひどくさみしい夢を見たのは濃密な、あのアダージョを聞いたせゐではない


(『ルーノ』より)
















・ゆれやまぬゆゑ目ひらきてゐるものを艇庫の壁のみづの反照

・あけがたは耳さむく聴く雨だれのポル・ポトといふ名を持つをとこ

・ほのしろき夜明けにとほき梨咲いてこの明るさに世界は滅ぶ

・プラスティック・タイルの廊に引くあぶら学校はしづかにお前を殺す


(『抱擁韻』より)




恣意的な選であるかも知れないが、『抱擁韻』以後、大辻の歌集からは次第にいわゆる口語的な語感や、青春性といった要素が失われ、より直截に対象や社会に接近する歌が多くなってくる。加齢とともに、次第に地上戦を余議なくされていく様子が、リアルタイムに展開されていく。

第四歌集『デプス』は、そういった意味で大辻隆弘の地上戦への近接をあらわす歌集であったと言える。

たとえば、『デプス』から試みに花の歌を引いてみよう。

・ああ父はまどかに老いて盗みたる梅の若枝(わくえ)を挿し木してゐる

・ぼろぼろに散り残る梅を見てをればしんとしてわが尻臀(たぶち)冷ゆ


第一歌集当時の大辻が、「梅」を歌材にとって歌をつくることは考えられないことだっただろう。この「花」への感受性の相違は、たとえば『水廊』から花の歌を引いてみれば、より明確になる。

・あぢさゐにさびしき紺を注ぎゐる直立の雨、そのかぐわしさ

・ゆふがほは寂けき白をほどきつつ夕闇締むるそのひとところ


第一歌集の花の歌は、いずれも、対象に対して、非常に繊細に接近していることがわかる歌だ。

歌材の「あぢさゐ」や「ゆふがほ」も、文語のもつ語感をいかして、非常に幽玄な雰囲気を醸し出すことに成功しているし、一首目においては、「雨」が「あぢさゐ」に「さびしき紺」をそそぎ、二首目では、「寂けき白」がむしろ「夕闇」全体を一箇所に引き締めているという、認識的逆転を狙った把握が見事に成功し、歌のトーンを統一させている。

『デプス』における「梅」は、このような繊細で幽玄な歌調とはまったく異なった地平にたっている。

一首目は、かなり直截に「梅」が父という家族性と結びついて歌われているし、同じ連作中にある二首目では、「ぼろぼろに散り残る梅」を見て、自分の尻が冷えるという把握の仕方をしている。

「ぼろぼろ」な「梅」からは、どうしても読者である私に、ある種の無惨さをイメージさせる。対象に対しての見方は、「あぢさゐ」や「ゆふがほ」といった語彙の持つ、「繊細な慰撫」からは程遠いところにたっていることが見てとれるだろう。より具体的で、抒情的な認識を拒絶するような歌境に、大辻が入っていることがうかがえるのである。

                      ※

さて、このあたりの前提をおさえたところで、本題である今回の歌集に入ろう。
私が今回の歌集で強くひきつけられたのは以下のような歌である。

(※以降、特に表記のない場合『夏空彦』からの引用)

・馬のくび上下に振れてあへぎをりかすかなる坂をのぼりゆくときに

・子の髪をきつくしばりし護謨の輪がゆがみて置かれをり食卓に

・ひたひたと路上を渡る老婆かな刈りたる葱を横抱きにして

・朴の木の幹ほのしろく立つ夜へ手すりが遠く延ばされてゆく

・藤の葉のむらがりたるを切り落とし運びてゆけり火のところまで



これらの歌は、きわめて即物的、そして写生的と言ってもいい歌境だろう。

たとえば、この歌集に幾度となく登場する玉城徹の歌を思い描けばわかるように、すぐれた写生歌は、写生が写生を超えて、時に世界そのものを見つめる詩になることがある。大辻のこれらの歌は、そのような純粋詩としての条件を十分にそろえているといえるだろう。

どの歌も、それほど難しい語彙が使われているわけではないが、一編の詩として、驚異的な純度を保っている。

たとえば、一首目の「上下に振れてあへぎをり」という把握は、極めて即物的な描写に見えるが、単純に馬が上下にあえいでいた、という意味を超えて、何か不穏なものを醸しだすことに成功している。同様に5首目、この「火のところまで」を、単純に焚き火と限定して読むと、ひどくつまらない歌になってしまうが、大辻のこの歌ではそうはいかない。

この歌の直前に、

・いつせいにあさがほ蒼じろく燃えて八月六日の朝は終はりぬ

という歌がさしはさまれていることからも、この「火」のただならぬ不穏さは見てとれよう。

二首目、机の上に「ゆがみて置かれ」た護謨の輪の無惨さ、三首目、「葱を横抱き」にした老婆。四首目、「ほのしろ」い夜へ「手すりが遠く延ばされてゆく」というただならなぬ認識的反転。

いずれをとっても、大辻の現在の歌境の最高水準の歌ととらえられるのではないだろうか。
それは、対象に没入しながら世界全体を反転させようとくわだてる、大辻のアララギ歌人としての側面があらわになっていると言える。


・蜜柑をひとつ剥きをへたならこの部屋をそのまま去つて下さいますか

・二講目がはじまるまへの木の椅子にクセジュ文庫の白を開いて

・そしてそれは上出来だつた畳まれた名簿の紙をそつと開くまで


また、これらのゆるやかな口語脈の歌も、2000年代以降頻発してきた口語短歌の甘い抒情性からはほどとおいところで詩を成立させているという点で、私の胸に響いた。印象は淡く、そして、美しい。

おそらく大辻隆弘は、この歌集によって、デプス以降の転換期を乗り越えて、とうとう偉大な『未来』の歌人としての地平を得るに至った。

こう断言して、この小文を閉じてもいいのかもしれない。

しかし。

しかし。

しかしである。

これらの歌のよさを手放しで絶賛することで、この文章を満場の喝さいのうちに閉じるわけにはどうしてもいかない。という思いが、私のなかにふつふつと湧き起こってくる。

たとえばこれらの歌の古色蒼然とした色合いは何なのだろう。

・ほのしろき花ゆるゆると震はしめ桜は若き力士のごとし

・紅梅のはな過ぎがたの奈良に来つきさらぎはつか余りふつかの

・とよのくに緒方のまちの夕ぐれは白きむくげに影として来つ

・海峡の日ざしが洗ふ甲板に子規が吐きたる紫の淡


これらの歌が、短歌としてよくないから引いたわけではない。おそらく歌会であれば、間違いなく点を入れるであろうし、いい歌であることは間違いないのである。しかし、

一首目の「若き力士」は、やや肉感的に、桜の様子を「力士」ととらえた比喩の見立てが効いてはいるが、はっきりいってどことなく「エロい」上に、力士という言葉が出てくる時点で、そのイメージが、年代を超えた普遍的に受け入れらる「美」を獲得しうるのか、という点で疑問歌である。

二首目、三首目、「奈良」、「とよのくに」、という歌枕を読みこんだものであって、「きさらぎふつか余りはつか」や、「影として来つ」の部分に技の冴えがみられるが、さすがに「梅」と「奈良」の取り合わせは、「いかにも日本的」だろう。このような伝統的な歌枕の用法は、かえって読み手の普遍性をせばめ、読者を限定することになりはしないか。

むろん、これは「短歌」であるし、大辻の私的な感受性であるからかまわないという批判は
大いに想定してはいるが、私自身の倫理の部分として、このような「いかにも短歌」はなるべく敬遠したいという感覚があるのである。

四首目では子規が出てくるが、私自身は、「子規の痰」を船の上で想像するほど、伝統のなかに取り込まれる気持ちはよくわからないし、厄年を過ぎた大辻隆弘や加藤治郎が、みんなこうやって「歌人」になっていく様子を見ていると、心寒いものを感じてしまう。

もしかしたら、私も40歳くらいになると、「大辻隆弘よ、中年をおそれていたわたしもとうとう子規の歌をうたってしまったよ」みたいな歌を歌ってしまうのではないか、という様子を想像して、内心びくびくするのである。

大辻隆弘自身の表現を借りて言えば、「ああ、みんな短歌に言っちまう」
ということになるのであろう。

さらにさらに、このあたりはいかがなものかと思う歌である。


・助動詞「り」その接続はさみしいと説きたりさなりさみし渡世は

・しづかなる時の番人楢崎が青芝の上に球を据えたり

・三条駅いまだ地上にありし頃はじめてのくちづけを交はしき


一首目は、教員である大辻ならではの歌であろうが、古文の「リカちゃんさみしい」から
「さなりさみし渡世は」と来てしまうその感受性そのものに、なんだか諧謔ではなく、本気でこう思っているあたりが見えてしまうところが、まじめには笑えない一首に仕上がってしまっている。啄木を「石川ぶたき」と読む歌があったが、これは同じ教員歌人である千葉聡が既にネタにしているのを知っているので、一回きりのネタとしては笑えなかった。

二首目。「しづかなる時の番人」は、さすがにないだろう。
TBSの情熱大陸の後番組あたりで、「時の番人」というタイトルでやりそうなフレーズである。

三首目。この「はじめてのくちづけ」には、一読して私は固まってしまった。技巧的には文句のない一首だが、「地上」と「はじめてのくちづけ」のこのイメージの組み合わせは、ほんとうにごくわずかだが、私自身の「恥ずかしさ」の許容範囲の針に触れてしまったようだ。

この歌集全体の印象をまとめると、純粋詩として屹立しようとするアララギ派歌人の鋭い双眸が、どうも本人の「中年性」と「肉欲」に邪魔されて拡散してしまっているような印象だ。

平家みちよに短歌的にまじめに愛をかたったり、

・少女とっさに手すりを跳んで濃紺のソックスを引きあぐ

という歌を歌っている大辻隆弘をみていると、
集中屈指の秀歌であろうこの2首が、どうしても「肉欲」の歌のように見えてしまうから不思議だ。


・道標のしろき木肌が濡れてゐた朝のあめ降る森の三叉路

・竹たちはひかりなまなましく立ちて陽のあたりたるひとところ占む


                  ※

ここまでまとめてきて、この批評はいつか自分に跳ね返ってくるな、ということに気づいて、われながら恐れおののいている。

「何も悪いことをしていないのに、なんで三十歳にならなければならないんだ」
と必死で抵抗した、某アニメのキャラクターを思い浮かべてざわざわしてはじめた。

ああ。やだーーー。私も1月でとうとう30歳になってしまうのであるーー。

おそらく大辻は、これからいわゆるこういった「いやらしさ」を抜けだして、より純粋詩の双眸を持つ歌人として老成していくことになるだろう。

それは岡井隆や玉城徹といった偉大な歌人たちに連なる道になるだろう。

私は、そのさまをこれから眺めながら、ひとりもくもくと私自身の加齢と戦っていかなければならないと心に強く誓ったのであった。

老成した大辻隆弘の第十二歌集あたりが、今から待ち遠しい。

・蒼古たる修辞を持ちゐ告げたれど届かざれ彼ら若きがもとに
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