花山多佳子さん、『胡瓜草』 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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花山多佳子さん、『胡瓜草』

 もはやすっかり感想が遅れ気味になってしまったが、

花山多佳子さんの第八歌集、『胡瓜草』を拝読した。

どの歌もうまく、何よりも歌に勢いがある。花山さんの技量は『木香薔薇』を詠んで以来折りに触れて感銘を受けているのだが、前回ご紹介したときはやや変化球気味にご紹介したので、今回は一首一首を吟味して鑑賞してみたいと思う。

 並み立てる冬の欅の梢(うれ)けぶり真横につらぬきゆく鳥のかげ

 なべて忘れなべて一挙に思ひ出す雪の朝の夢の記憶は

巻頭の二首である。一首目が非凡な感じがするのは、「真横につらぬきゆく」という大胆な情景の描写である。「並み立てる冬の欅の梢けぶり」までは通常の韻律にのせてすいすいと読めていくが、いきなり「真横につらぬきゆく」という描写があらあらしく、しかもびしっという感じで韻律に入っていく。この描写があまりにも大胆なために、読者である私は一瞬のけぞった。

二首目も作者さんの魅力をさらに補強する歌になっている。凡百の歌人で在れば、雪の朝(あした)の夢の記憶というややロマンティックに流れがちな歌材に、「一挙に」にという思い切りの良い描写は絶対にできないであろう。夢の記憶をすべて忘れて、すべて一挙に思い出す、という。この対象の把握の力。そして決して安易なロマンティシズムにながれない短歌的な強度。

 これが花山多佳子さんを説明するときの魅力になってくるだろう。


 目の弱りおぼゆる夜を刻みゐる水菜は白し息呑むほどに

 音ともなふ照射といふは不気味なり電子レンジに供物はまはる

 新玉葱をあらたまねぎと読む人あり何か畏(かしこ)きもののごとくに

 電線のなかりしころは鳥たちはあんなに並んで止まることなかりけむ 

 人間の顔ひといろに犬の顔いろいろ歳晩の篝火に照る

 
 前半から5首引いてみた。一首目、おそらく老年のために目が弱って(ただ感じていているだけの)夜に刻んでいる水菜が息を呑むほどに白かった、という感じの歌意だとおもうが、この「水菜は白し息呑むほどに」、という把握に新鮮さを感じて立ち止まった。感覚で白さを把握する作者の鋭敏な感受性がここにはある。

 二首目、電子レンジで「おそなえもの」をまわすというのはなかなか見られない光景だと思うのだが、その上の句、「音ともなふ照射といふは不気味なり」という作者の把握が、「電子レンジに供物はまはる」という光景をなんだか不思議な、実体験とは違う世界に誘うような気がする。優れた把握の歌だと思う。

 三首目、新玉葱(しんたまねぎ)をあらたまねぎと読む人がいるというのはとても平凡な見立てなのだが、その下の句「何か畏きもののごとくに」という発見がこの歌に鮮度を付け加えることに成功しているとおもう。畏れおおいもののように、「あらたまねぎ」とよむ。この感触が不思議な歌で思わず目をむけざるを得なかった。

 四首目、言われてみればそのとおりなのだが、電線のなかったころは鳥たちはあんなに並んでいることはなかっただろう、というのは散文にしてはつまらない。しかし、この下の句破調は不思議な読後感をもたらしてくれる。あんなに並んでゐることなかりけむと文語で描写されると、破調が破調として生きてくるように思われるのだ。この辺は僕の個人的な感覚なので破調が嫌という人はこの歌は採らないかもしれない。

 五首目、これも発見がすばらしい。人間の顔ひといろに(人間の顔はみんなおなじいろで)犬の顔いろいろ/で一回区切るのだろう。それらが歳晩の篝火に照らされている。僕は破調になっても言い切ってしまった方がいいという感じの考え方の持ち主なので、人間の顔が一色なのに犬の顔が色々な色があるという発見に思いっきり心が寄ってしまった。

 朝のひかりさし来る側がどの幹も剥がれゐるなり並木の欅

 ひとしきり鴉のこゑが過ぎゆきて破(や)れ蓮垂るるごときしづけさ

 咳をしてまた咳をするまでの間隔に時間の感覚がある

 明治生れの祖父母の孫でありしのみ わたしは誰のむすめでもなく

 そこここに金蛇(かなへび)すべるけはひせり黄あやめの間(あひ)ゆく木道(もくだう)に

 足のどこかに本のとがりが触れてゐる 何の本かと思ひつつ眠る

 中盤から引く。この辺の歌のものの見方は、さすがに写実の系譜を継いだ歌人、という感じがして「とてもかなわないなあ」という気になってしまう。一首目は、並木の欅の幹が朝のひかりが射してくる側が剥がれている、という発見を歌った歌なのだが、少しも一首のなかで濁った感じがせず、きれいに「剥がれゐるなり」までで体言止めされている。

 二首目、破れ蓮(やれはちす)は俳句の言葉のようだ。ぼろぼろになって垂れてきた蓮という感じで、この場合はやれはすと四音で読むときれいに定型に収まる。鴉のこえが去っていって、そのあとに破れ蓮が垂るるごとき、と比喩をつけるのはなかなか俳句や季節に対する素養がないと出来ないことなので、ただただ感服する。

 三首目。不安定な字足らずが効いているとおもう。「咳をしてまた咳をするまでの間隔に/」までは辛うじて575で読めるが、そのあとの「時間の感覚がある」という発見をあえて字足らずで投げ出すところにこの作者のうまさがあるように思う。「咳をしてまた咳をするまでの間隔に時間の感覚がある」と一息に読んだところに、「感覚」という言葉のもつ具体的な何かが捕まえられたような気がするのだ。韻律を自在に操る高度な詠風だと思う。

 四首目 わたしは誰のむすめでもなく、という強い断言に驚く。父や母を拒否する視点なのだ。この一首は作者のエピソードを辿っていくと深く読めるとおもうが、そこに踏み込むことは避けておこう。この「わたしは誰のむすめでもなく」という強い断言が、歌に力をもたらしていることは言うまでもない。思わず心を打たれずにはいられない。

 五首目 「けはひ」を敏感にとらえる作者の感受性に心が打たれる。黄あやめの間をゆく木道に、金蛇をみたのではなくすべるけはひを感じたのだ。ここにおそらく花山多佳子さんという歌人のもつ鋭さが立ち現れているだろう。最初の「目の弱り」という歌もそうだったが、ものを見るだけではなく「けはひ」や感受性を歌にきれいに読み込むことが出来る歌人なのだ。

 六首目 非常に敏感な、「本のとがりが触れてゐる」という言葉。それを何の本かと思いながら眠るというのは受動的だが、美しい発見だ。これも敏感に「触れてゐる」という気配に立ち至った歌だろうとおもう。シャープな感覚が胸をうつ。個人的には寝るではなく眠るとしたところに、深い味わいがあるように思った。ただ寝るだけでは定型にはあうが、雑然とした感じが出てしまう。この辺も作者の美意識なのだろう。


いづこにも桜はあらず渡し場にくろぐろと夜の水盛り上がる

銀座地下駅コンクリート壁に配線管露出してをり芸術的に 

夜を鳴く鳥にあらずもやはらかく烏のこゑの二つ聞こゆる

原爆忌・七夕 秋の季語なるを確かめしのみ歳時記を閉づ

太き蔓は木を締めつけてゐるならむ遠目に淡き藤のむらさき

泥の中の肺魚のごとく眠りゐる人らに淡く外光の射す

後半からも6首引く。一首目。渡し場にくろぐろと夜の水盛り上がる、という力強い把握が目を引いた。ふつうは桜を生命力の象徴としてとらえるのだがこの歌は渡し場に「くろぐろと夜の水盛り上がる」という様をまとめて一首としている。いづこにも桜はあらずは、やや説明的に入った気もするが、力感が伝わってくる一首だ。

二首目。この歌も破調が素晴らしい感じで入っている。すべて漢語なのだが「配線管露出してをり」までを言い切る感じが素晴らしい。一見奇をてらっているようだが、びっしりと定型感覚に裏打ちされた破調をする作者なので、信頼してこの感じに身を任すことができる。

三首目。一見平凡な歌だが、やはらかく烏のこゑの二つ聞こゆる、はおだやかな時間の流れを読者に指し示してくれるとおもう。烏のこゑという一見うるさそうなものがやはらかく聞こえるというのは繊細な発見のような気がして立ち止まった。

四首目、余情がでて、社会詠というカテゴリに入るかもしれない歌のなかではこの歌が一番好きな歌。七夕と原爆忌は秋の季語であるという発見をたしかめただけだった、そして歳時記を閉じる、この行為のなかに戦争を読み込むことはできないが、何か深々と人の悲劇に刺さってくる感じがして好きな歌だ。

五首目、太き蔓は木を締めつけてゐるならむ、というのはゆったりとした韻律だが、らむが使われていることに注意したい。作者は遠くから、太い蔓が木を締めつけているだろうと感じている。そのあとに遠目に淡き藤のむらさき、と淡い藤のむらさきを見ている。ちょっと入り組んだ景の切り取り方が成功していると思う。

六首目 花山さんは決して直喩がうまい歌人という印象を受けないが、この歌の場合、下の句の「淡く外光の射す」が上手にはまっているので、泥の中の肺魚という上の句が丁寧な印象を与えて良い感じに入っていると思う。

以上ざっとだが『胡瓜草』を読んだ印象を受けて筆をとった。あまりにも拙い鑑賞なのであとから読んで恥じ入ることになるかも知れないと思いながら、筆を置くことにする。このなかではあまりとらなかったが、家族の歌のユーモアさと、時事詠の鋭さにも目がいった歌集だった。

優れた歌集を読むと短歌を作ろうという励みになる。この作品世界に間借りしてまた来月の歌稿を考えようと思う。
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