松川洋子さん、『月とマザーグース』 | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

松川洋子さん、『月とマザーグース』

すっかりご紹介が遅れて、というのもすでに枕詞になってしまったのでもういわない。

本来はこの歌集のご紹介は1月にすませているはずだったが、私の体調という事情で
やむをえず延期せざるをえなかった。

札幌在住の歌人。松川洋子さんの第六歌集。『月とマザーグース』である。田村元さんの
ブログでプロフィールを拝読する。

松川さんは昭和2年うまれらしい。

「りとむ」所属で「太郎と花子」の編集発行人であるから、ご縁が全くないわけではない。
僕が見知っている歌人の方でも、柳澤美晴さん、樋口智子さん、田村元さんという錚錚たる
メンバーの名前が思い浮かぶ。

北海道という土地は最近短歌、非常に熱気があって、松川さんを中心にして若い歌人が
切磋琢磨している様子がうかがえる。

どうも松川さんは若い歌人を育て上げる技術というか、若い人を引き付ける独自の魅力
があるのだろう。

詳しくは存じ上げないが、雪舟えまさんもご出身だとか。

一体どのようなお歌を詠まれる歌人なのか。

松川さんご本人のお歌に触れたことがなかったので、期待して歌集を開く。

流麗な文体か骨太な自然詠か、
とかいろいろと想像していたが、見事にショッキングに期待を裏切られた。


うわ。なんだこのカタカナの多さは!

そしてなんだこの文体は!

と驚く。

一言でいえば、大胆。かつ自由自在。

歌の幅が非常に広く、いろんな歌をお詠まれになるし、なんといっても歌が
若くてダイナミックである。

うまいか、といわれると僕はよくわからないのだけど、ちょっと前例がない感じ。

自由自在に、いろんなイメージを歌に盛り込む詠風である。


ひるがほの薄きからだに沁みてくる夕空のチアノーゼ

クリスタルエレベーターが塔を発ちてゆく 一基 二基 やがてすべ

どちらも、自由律、に近い。一首目は大幅な結句字足らずで、二首目は大幅な乱調、というか、
三句目が5音、四句目が6音になっているので、短歌を詠んでいるというよりは自由律の一行
詩を読んでいるような感覚がある。

一首目。ひるがおを擬人化している。もちろん夕空になってくると同時にひるがおは花を
しおらせていくのだろう。そういう様子を表しているのだろうけど、それをチアノーゼと
表現した歌人は僕は前例を知らない。

ひるがおが苦しそうにしおれていくので、夕空がチアノーゼのように感じられたというの
だろう。

発想の異色さは、群を抜いている。

二首目は韻律が溶解したような錯覚を受けた。

「クリスタルエレベーターが塔を発ちてゆく」

まではかろうじて(595かな?)定型で読めていくのだが、一基 二基 やがてすべて
という下の句には完全に参ってしまった。

ここにはうっすらとした作者の肉声がある。クリスタルエレベーターという透明な表現とあい
まって、作者がぽつりぽつりと一基 二基 やがてすべて と祈るようにつぶやいているのだ。

その光景は神秘的でさえある。

こういう歌を秀歌だと思った。


その半面、こんな秀歌も存在する。


六・二へ金打ちしより羽生の崩れたり竜王戦の長かりしかな

これは将棋の歌で、びしっと言葉があっせんされてている。

こういう歌は見たものをありのままに歌ったほうがいい。崩れたりという言葉
のあっせんが見事に決まっていて、将棋の対局という長い長い時間をきれいに
一首にすることに成功しているとおもう。

描写するときは確かな骨法で、発想を飛ばすときにはできるだけ奇抜に、
という方針だろうか。

ときおりその発想の奇抜さについていけないことがあるが、とにかく読者に
はおかまいなしに、さまざまなものを一気に持ってくる大胆な詠風には潔さ
さえ感じた。

1 雪代のあふるる半球鳥瞰するシュワスマンワハマン彗星

2 モーツァルトの絶対音感知れる者 共同墓地の盲目の蚯蚓

3 少年イエスの掌を透かしゐしうつくしきラ・トゥールの灯を思ふ聖夜ぞ

4 がつさりと寸胴箱にぶちこみし蝦蛄にひとまず手を合わせたり

5 微恙ながき人つと逝きぬ微恙とはしづかに深く人を蝕む

6 万葉集に秋思の歌の無きを知る杜甫にまねびし平安の歌

7 海の聖母の吐息にひらくさくら花 アメリカに咲いてしあはせですか

8 きのこ二万種のうち70%は名無しとぞ 名無しのきのこ気楽なるらむ

9 人が火を作ったことは罪ですか しあはせはとてもさむいのです

10致命祭 サロベツ原野の双眼のペンケ・パンケの沼まだ醒めず

11兎年七回目きてもうもう悟つてるひまなんぞないわい

12密氷のしづかな痙攣はじまりぬサーカディアンリズム海にもありて

うーん。ここには書ききれないが、雪舟えまさんの歌もあるし、蜂飼耳さんなども
登場する。ラグビーの歌もあったし、石原前都知事を怒っている歌もあったりと、
まあとにかく発想がいろいろなところから登場するので、読んでいて飽きない。

若い歌人と混じっているからなのだろうか。歌もお歳を考えれば(失礼)颯爽と
して若い印象を受けた。

技巧をこらした巧緻な歌というよりは、イメージを無理やりにぶつけた大胆な
歌、というほうがいいだろう。はまるとすごいものが登場する天才型のお歌を
詠まれる歌人なのだろうと感じた。

1、普通、雪代(雪解け水)が出てきたとき、下の句でまさか彗星が出てくると思うだろうか。
しかも長い名前の彗星を無理やり一首にねじこんでくる大胆さである。うわすごいのが出た、と思った。

2 上の句と下の句が対応させなければならないという短歌の鉄則からいくと、相当ずれがあるのだけど
詩的につながっている。モーツァルトと蚯蚓、一見対応しなさそうなものを強引に一首にしてこれは成功
だとおもう。

3 おそらくラトゥールは画家の名前だと思うのだけど、初句七音の調べが非常に流麗に流れている。
イメージも調べに乗っかっていて、きれいに決まっていると思う。

4 がっさり、という言い方がいかにも大胆で、その蝦蛄に手をひとまず合わせるという。ユーモラスな
お歌だと思った。

5 微恙という言葉のあっせんがいい。微恙のお歌2首あるのだけど、同じ人を歌ったものだと思う。
つと逝きぬという言葉のなかに少しさびしさが底ごもっている。

6 上の句の発見でよかったかなあと思う歌。万葉集と秋思、という言葉の取り合わせは言われてみれ
ばあんまり見ない。すこしさびしい発見を歌った歌だと思う。

7 口語脈の歌で、きれいに決まっていた。アメリカに咲いてしあはせですか という問いかけには
少し考えさせられるものがあるが、上の句はとりあえずすごくきれい。

8 楽しい歌。きのこがほとんど名無しで、その名無しのきのこが気楽だろうと歌っている。ちょっと
陽気な作者像が見て取れる。

9 このしあはせもシンプルだけど相当深いところまで届くなあとおもって読んでいた。こういうフレ
ーズだけで決めようとする歌は難しいんだけど、きまってます。

10 韻律とイメージだけでとった。実は歌意はよくわかっていない。サロベツにはたしかにペンケ沼、
パンケ沼というのがあるらしい。それが致命祭という祭になってもまだ目が覚めない。どういう意味か
わかんないけど何かすごいものを感じる。

11 これもユーモラスな歌で、悟るとか生き様とかそういうものを作者は嫌いらしい。こういうちょっ
と難しく考えないところというか、できるだけ自然体でいることが若い作者を惹きつけるのかもしれない。

12 このサーカディアンリズム、植物生態学の言葉らしいが、入れられないよこんなの。ふつう。最初
の衛星もそうだったが、なんと大胆に入れて、きれいにまとめるのかと思って拝読していた。

つたない感想でもうしわけないが、印象に残った歌に表記の短評を添えてご紹介に変えたい。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。