ニューウェーブの再検討をめぐって―荻原裕幸と物語的作中主体―(初出:「短歌往来」2009年1月号) | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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ニューウェーブの再検討をめぐって―荻原裕幸と物語的作中主体―(初出:「短歌往来」2009年1月号)

「ニューウェーブ以降、何かが変わった」という評言は、ニューウェーブが発生した当初から繰り返し語られ続けてきた。荻原裕幸が「朝日新聞」紙上で、自らの世代を「ニューウェーブ」という呼称で定義した直後、同年6月の「短歌研究」では、小池光、藤原龍一郎、加藤治郎、そして荻原によって、非常に論争的な誌上シンポジウムが開かれている。このシンポジウムの冒頭で小池光は、次のように指摘している。

 「ニューウェーブという言葉自体はさほどニューでもないわけで、昔からよく繰り返されてきたことだと思いますが、今ここに来てやはりニューウェーブというのですか、新しい何かが起きているということを言い出すのはあながちはったりではなくて、意外と本当なのかもしれないなと思わせるところがいくつかあるような気がするわけです。
  (中略)
 どこが違うかということなのですが、それを今まではかなり表面的というか現象的な面だけで、たとえば口語文脈であるとか外来語が多いとか、あるいは感性が新しいとか、現代感覚がある、そういうふうな現象的な言葉でもって、概括してしゃべってきたような気がする。けれどよく考えるとどうもそうではなくて、何かもっと根本的なところで何かが新しくなったというか、何かが壊れてしまったというか、なしくずし的に何かが消滅してしまったのではないかという、そんな印象が非常にするのです」*1

 ニューウェーブという言葉の登場から、まもなく20年が経過しようとしているが、現在もなお、小池のような「ニューウェーブ以降、根本的に何かが変わった」と言う指摘は多くの歌人によってなされている。それどころか、さらに新しい感性を持った若い歌人が登場するたびに、この「何かが変わった」というタイプの言説が繰り返し私たちの前に立ち現れてくるようだ。一体、何が「変わった」というのか。私は本論で、この「何か」について考えようとしているが、そのためにはまず「ニューウェーブ」という現象の短歌史的な再定義をもう一度始めなければならないだろう。まず、『岩波短歌辞典』の「ニューウェーブ」の定義を引いてみよう。

 「ライトバースの影響を色濃く受けつつ、口語・固有名詞・オノマトペ・記号などの修辞をさらに先鋭化した一群の作品に対する総称。一九九〇年代初めに加藤治郎・穂村弘・西田政史などの作品傾向に対して荻原裕幸が命名した。荻原自身もそう呼ばれた。(引用歌省略)
 コンピュータ世代が開発した文体とも言える。方法のみを磨き上げる風潮は「新人類短歌」と呼ばれた。」*2

 より掘り下げて考えようとする場合、この解説のようにニューウェーブを「方法のみを磨き上げる風潮」という評言に回収してしまうことには、慎重でなければならない。たとえば荻原がこの傾向に対して見ようとしていたのは、あるいは小池や藤原が鋭く対立していたのは、決して「方法」の新しさに還元できる種類の議論ではなかったはずなのだ。もう一度、荻原の朝日新聞紙上の文章に目を向けてみよう。

 1・「近代短歌には、作中にあらわれる主体が、そのまま作者自身であるという「約束」があった。戦後の第二芸術論を経て、塚本邦雄や岡井隆を中心とした前衛短歌運動のなかで、根拠のない「約束」は書きかえられたが、それでも作品が作者自身の「内面」に等しいものであることは誰にも疑われなかった。
 虚構の作品が書かれる場合にも、そこに作者の世界観が表現されているという具合に、作品は作者と一致したものとして書かれ、読まれてきたのだ。
    (中略)
現在から思えば不思議なこの矛盾の根底には、言葉によって成立している主体をア・プリオリなものとしてみなす近代主体主義があると考えられる。そうした「一人称の文学」としてのみ機能していた短歌にも、構造主義(ポスト構造主義およびポストポスト構造主義も含めて)の台頭によって実体的な主体主義の崩壊が露呈した現在、遅れに遅れながらも避けがたくその波が押し寄せてきている」

 2・「(ニューウェーブの短歌を※筆者補)わからないという反応を聞いていつも思うのだが、僕たちは表現されたものをありきたりの意味に「翻訳」してしか理解できないのだろうか。映像や音楽といった広義でのコトバに敏感な現在の僕たちが、どうして短歌の場合にだけその感性が鈍くなってしまうのかと不思議に思う。短歌もまた現在のコトバの一つなのだ。
 そしてまた、わからない、作品ではないという意見のかげに、実体的な主体をアルファにしてオメガとする主体主義の亡霊がひそんでいるようにも思う。彼らの作品からは、従来の作品に見られた類のいかなる主体も引き出せないのだから。」*3

 長い引用なので便宜的に番号を振ることにするが、この当時の荻原が指摘している最も重要な問題に「主体」の問題があることを見逃してはならない。1の議論において荻原は、近代短歌には作中主体と作者の一致を、前衛短歌には作中主体の「内面」と作者の「世界観」との一致をそれぞれ指摘する。そして、ニューウェーブとはこのような「内面」そのものを、荻原の言葉に忠実に言い換えるのならば「実体的な主体主義」そのものを、言葉によって解体しようという試みだと規定するのである。この当時の荻原が前提としていたものは、おそらく柄谷行人の『日本近代文学の起源』にみられるような、近代における「内面」の生成と解体の問題であろう。いわば日本文学のポストモダン批評で前提となっていた事を、そのまま「近代短歌~前衛短歌~ニューウェーブ」という形で位置づけ直そうとしたものであり、ポストモダン批評を前提とした議論の中では、説得力のある展望であったように思える。
 しかし、現在の地点から見ると、この措定そのものがいささか性急すぎたのではないか、という反省も見えてくるだろう。
 荻原自身がシンポジウムのなかで自覚しているように、短歌における「モダン」に関する総括はほとんど行われなわれないまま、並列的に「モダン」と「ポストモダン」が短歌の中にあらわれてきてしまった。短歌における「モダン」とは、このシンポジウムのなかで、「一首の主体がアニメ的、マンガ的」「映画の絵コンテのようだ」と指摘する藤原龍一郎と、短歌固有のジャンルの問題を主張して荻原と対立する小池光という二人の論客の存在が象徴している。
 確かに、記号やオノマトペをふんだんに導入した「ニューウェーブ」の短歌を鑑賞するためには、辞書的な意味を解釈するだけでは全く物足りない。同様に穂村弘や俵万智に代表される口語短歌の登場は、その背景にある言葉のコンテクストを理解できなければ、どこまでも「少女マンガ的」であり、「絵コンテ」のようである* という評言から逃れることはできない。これらの短歌の価値が現代に通じる可能性を秘めていると断定するためには、私たちに必要なのはより現代に引きつけた「読み」のバックボーンであることは疑いようがない。
 残念ながら、2008年の現在においても、そのような「読み」のバックボーンはきわめて希薄であり、ポストモダンの立場からの「読み」の理論が構築されないまま、一過性のブームとしてニューウェーブが過ぎ去ってしまったような印象がある。ニューウェーブに強いリアリティを感じ取った私のような人間がしなければならないことは、「ニューウェーブ的な主体」を前提とした、新たな短歌の「読み」の理論ではないかと考えている。本論は、そのための、ささやかな基礎論の役割を演じようとするだろう。



 1991年のシンポジウムでは、短歌固有のジャンルの立場から、荻原・加藤に対して、重要な反対意見が述べられていた。当時の小池光の議論を確認してみよう。

 1・「僕なんかの解釈でいったら、言葉それだけの純粋な美しさと、韻律それだけの麗しさなんて存在するわけではないので、つまりあらゆる言葉というのは同時に意味性を持っているわけだから、それを希薄にしようとするのは分かるけれども、それから抜け出して韻律それ自身になったり、言葉それ自身の美しさになったりするということは絶対ありえないわけです。その意味性が、最終的に何に収斂されていくかといったら、そこが問題で、一個の生きていく主体といったらいいのか、ある歴史性を背負った他の誰でもない、一個の存在のようなところで、その意味性が全部最終的に収斂されていって、そこで短歌というのが成り立ってきたというふうに思うのです」

 2・「短歌でいうなら私性論なんていう言い方で短歌史に残っているけど、あれなんか非常にモダン文学理論の典型みたいなものですね。ある一個の、各個たる存在があって、そこから何か澱のようにおりてくる。それを全部合わせると、ある一個の主体に収斂される。(中略)そういう手法と、たとえば塚本邦雄の前衛短歌とかいわゆるああいうふうな非一人称的なものというのが、まったく違うように一時期見えたけれども、しかし実は本質的な点では違っていなくて、(中略)彼の内面のまさに正確な反映であり、表現であったというふうに考えると、まったく一個の人格というか、主体に集約されていく。そういう意味では、アララギの写実も、塚本の反写実も、実は同根であるというか、そんなに違うものではないということが、今、われわれの眼から見ると割と見えるのではないですか?」*5

 たとえば2におけるの小池の「近代短歌~前衛短歌」に対する認識は、荻原の認識とそれほど大きく異なっているわけではない。この当時の小池と荻原の間での大きな対立点として存在していたのは、小池の1の「ある歴史性を背負った他の誰でもない、一個の存在のようなところで、主体が収斂されていく」短歌観が、短歌というジャンルにおいて不可欠なものとしてなおも現前していると考えるのか、それとも荻原のように、そのような「実体的な主体主義」が無効化しつつあると捕らえるのか、という一点に尽きよう。
 昭和30年代の「私性」論議を追っていくと、「一人称文学」としての短歌の特性はやはり一首の背後にただ一人の主体がいることであり、荻原の言う「実体的な主体主義」が何を指していたかということはおいても、一首の背後に一つの「主体」があることは読みの上では動かしようがない前提であるように感じられる。しかし、大きな問題となるのは、「ある歴史性を背負った他の誰でもない私」のような、「歴史性」にそのまま結びつくような主体が現代において創造可能なのかと言うことだ。この歴史性とは、狭い意味でとれば「人生」になると言えるし、ひろくとれば「人間の過去の記憶の総体」ということにもなるだろう。ニューウェーブやライトヴァースの短歌は、そのような最終的に「一人の人間」の主体に収斂されていく旧来の「私」を前提にするだけでは、読み解けないような作品が登場してきている。
 この点について岡井隆は、非常に重要な示唆を私たちにもたらしてくれている。既に1992年に、ライトヴァースについて次のように概括しているのである。

 「ライトヴァース派には、多かれ少なかれ、作者(作中主人公といったほうが正確だが)にまつわる〈ストーリー物語〉のイメージが濃厚だった。作者は架空のであれ事実のであれ〈物語〉の中に在る。これは、近代短歌が既成概念とした、歌による〈人生記録〉の思想を、うらがえしにして利用したものである。ライトヴァース派が口語(というより話体といったほうが正確だが)を短歌に導入して成功したとは定説だろうが、読者は、この話体を主人公(たち)の劇中のせりふとして聞いていたのである。」*6

 岡井の言葉を敷衍すれば、ライトヴァース、あるいはライトヴァースに影響を受けた後続の短歌の主体は、「物語的主体」と言うより他ならないものだったと言うことができる。それはニューウェーブが登場した時点で小池が主張していた、「ある歴史的な意味性を背負った」主体とは大きく異なるものだ。

 砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね(俵万智)

 たとえばこの俵万智の短歌を「わかる」と感じるとき、私たちは俵万智という一人の作者の人生について理解しなければならないということはない。掲出歌はおそらく恋の歌だが、この歌が私たちに「わかる」と感じられるとすれば、「砂浜で翼の折れた飛行機を二人で埋めた」というシチュエーションに対する共感可能性が高いからだと言える。私たちは一読して、この「飛行機」が現実の飛行機などではなく、模型飛行機だということを理解することができるし、「砂浜」という舞台設定が、「恋の思い出」を想起するのにふさわしい場所であることを感受することができるだろう。それは、この歌の背景にある「物語」の舞台設定が、私たちのなかに暗黙のうちに共有化されているからに他ならない。私たちはライトヴァース、ニューウェーブの短歌作品を「わかる」ときに、作品の外部の「何らかの物語」を、暗黙のうちに共有しているのである。

 朝のパンがジャムでべたべた恋人の曰く火星ぢやみんなこーなの(荻原裕幸)
 恋の呪文をおぼえたのかい朝食のパンが麒麟になつたやうだね (同)
 四月なのに結論が出ずデカルトに何を足したらポタージュになる?(同)
 哲学に耽るアリョーシャぽぽとして猫の明日は?/ボクノ明日ハ?(同)

 全歌集『デジタル・ビスケット』におさめられた荻原の短歌をもう一度読めば理解できるように、この時期の荻原には、きわめて類縁的なイメージの作品が頻出する。恋人と朝食をとるのは決まって「パン」であり、「ごはん」ではない。ペットになっているのは決まって「猫」であり、「犬」ではない。そして作中主体が読んでいるのはほとんど「哲学」である。「恋人と朝食にパンを選び、家には猫がいる生活」とは、荻原個人のものというよりも、当時の時代的な空気を感じさせる一つの舞台設定となっているように思う。これは荻原だけではなく、ほぼ同時期にニューウェーブと言われた西田政史や、ひいては中山明などにも共通する特性であろう。
 私たちは、ある主体が選択しているアイテムによって、その主体が抱えている「物語」や、「世界観」のようなものを理解したような気になることがある。実際、商品の選択の差によって、その人間の価値観が異なる、「世界観」が異なるという現象は、今なお私たちの周りで日常的に起こっている。ちょうど荻原が朝日新聞紙上で「短歌も映画や音楽と同じ広義のコトバのひとつ」と指摘していた事実が、私には思い起こされる。
 穂村弘は、『短歌の友人』のなかで、前衛短歌から現代短歌までの、短歌の「読み」のモードの変化を「写実モード」「アニメモード」という言い方で説明しようとしていた。穂村によれば、近代以降の短歌はすべて「現実的な等身大の対象」を写生するというひとつのモードの下で詠われつづけて来たが、前衛短歌では、その近代短歌的なモードの影響力がうすれ、「現実的で等身大なモノ」の手触りを失っていると穂村は指摘する。前衛短歌の中に、言葉を「等身大の生命」としてとらえるのではなく、「自由に扱えるモノとして捉える言葉のフェティシズム」があるとする穂村の指摘は極めて重要だ。*7
 消費社会を通過したニューウェーブの短歌は、この言葉のモノ化という現象を逆に利用し、ある文化的な記号やアイテムを盛り込むことによって、一つの物語内存在ともいうべき主体を一首のなかに導入しようとした。これは、前衛短歌以降たびたび問題にされていた「虚構性」の問題と
似ているようでいて、微妙に異なる。たとえばライトヴァースやニューウェーブに、菱川善夫が塚本邦雄に見ていたような、「強い寓意性」や「文明への批判」*8 を見ることは不可能だ。「物語的主体」は、いわば自分たちが「読者とともに共有化された物語(虚構)のなかにいる」ということを既に前提としており、現実と対峙するような虚構を構築する方向へ向かうことができない。俵万智の作中主体が、塚本とは違いあまりにも「ふつう」に見えすぎることに注意しなければならない。それは口語を通じて、読者とともに共有化される「フィクション」のなかでのふつうさなのだ。
 もし「物語的な世界」のなかに安住せず、現実と対峙しようとすれば、まず自分を覆っている「物語そのもの」を解体しなければならない。この時期の荻原は、おそらくそのようなアンビバレンツを抱えながら、より先鋭的な言語そのものへの解体実験へと向かったのだろう。

 (ケチャップ+漱石)それもゆふぐれの風景として愛してしまふ(荻原裕幸)
 蒲公英にさす目薬が切れたつてそれだつて比喩ぢやないかおやすみ(同)

 全ての言葉が、アイテムや比喩として何かを表象してしまうのが現代の「読み」の難しさである。決して意味にも比喩にも還元されない「記号そのもの」を提示することによって、荻原はそう主張しているように感じられる。問題は全く解決していないのだ。このような「物語化され、共有化された私」の中に私たちが生きている限り、ニューウェーブは影響力を持ち続けると、私は確信している。


*1  小池光、荻原裕幸、加藤治郎、藤原龍一郎「現代短歌のニューウェーブ―何が変わったか、どこが違うか」(「短歌研究」一九九一年十一月号、短歌研究社)
*2   栗木京子「ニューウェーブ」(『岩波現代短歌辞典』一九九九年、岩波書店)
*3 荻原裕幸「現代短歌のニューウェーブ」(「朝日新聞」一九九一年七月二十三日夕刊)
*4  註1の誌上シンポジウムでの、藤原龍一郎の発言より
*5  註1の誌上シンポジウムでの小池光の発言より
*6 岡井隆「跋―『BARCAROLLE』の初章」より(鳴海宥『歌集BARCAROLLE』一九九二年、砂子屋書房)
*7  穂村弘「モードの多様化について」(『短歌の友人』二〇〇七年、河出書房新社)
*8  菱川善夫「溶けるピアノ」(現代歌人文庫『歌のありか』一九八〇年、国文社)

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