遠いこととリアリティ―近藤芳美『黒豹』鑑賞(初出:「未来」2013年2月号) | ダストテイル-短歌と散文のブログ-

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遠いこととリアリティ―近藤芳美『黒豹』鑑賞(初出:「未来」2013年2月号)

近藤芳美の第八歌集『黒豹』には、「言葉」や「思想」、「戦争」といった歌材を真正面から取り扱った作品が頻出する。

 幾夜短き北爆飛行の報つづくことばの虚しさに又耐えんとき
   
 戦争を既に賭けたる飛行の音思想と脆く呼ぶものを断つ

 うつうつと国ひたす雨一民族をかかる寡黙に戦わしむるもの

 処刑待つ少年兵にしてまなこ澄む忘れて寝ねん過ぎてゆく死は

 額あげて生き行く昼と夜の吾と夜は舟艇を霧に守る兵

 一首目。「幾夜短き北爆飛行の」という上の句の破調が切迫感をもって読者に響いてくる。作者はテレビかラジオで、ベトナムの北爆飛行の短い「報」が続々と入ってくるのを感じている。その「報」に触れ続けながら、「ことばの虚しさに又耐えん」とする。「ことばの虚しさ」とは何だろうか。北爆を前にして、いかなる抗議も無力だというような言挙げだろうか。おそらくは「思想」を伴った言葉が、最終的には「権力」には届かないだろうという「断念」のようなものだろう。「又耐えん」と言っているということは、北爆以前にも同じような体験があったことを指すだろう。つまり、日本で体験した「戦争」である。ベトナムの「戦争」に、実体験としての日本の「戦争」が投影された一首である。
 二首目は、一首目の直後に置かれた歌。「戦争を既に賭けたる飛行」とはまさに今戦場へ飛び立とうとしている飛行機の出発音である。それを作者が「「思想」と自分自身で「脆く」呼んでいるものを「断つ」としている。この二首はセットで解釈されることが多く、既に田井安曇は、この前の歌集『異邦者』の平和な紀行詠と対比して、「歌人として「ことば」につながり、「ことばの虚しさに」「耐え」ねばならぬ痛みを、万力につぶされる自分自身として感じなければならなかったとし、「思想」の歌もそういった「痛覚」なくしては生まれなかったと評価している(「巨人のかなしみ」「短歌」1984年5月号、角川書店」)。また岡井隆は同じ掲出歌を二つの点から批判する(「黒豹の背景」「短歌研究」1969年11月号、短歌研究社)。私なりに敷衍すると、一つは、近藤芳美の思想を「反戦思想」と既定した上で、この反戦やことばの力が作用した上で、「北爆停止」が現実的になり得たのであって、全く無力だとは言えないという点(実際の北爆停止は1969年10月だった)。もう一つは、北爆をおしすすめた政治家や軍人たちも同様の「ことば」をもっており、「反戦思想」のみを言葉だとするのは片手落ちではないか、という点である。つまりは近藤の思想そのものにバイアスがかかっているのではないか、という点だが、これを岡井はさらに掘り下げて、近藤芳美の歌に「生活に密着した思想」というのがほとんど出ていないのではないか、という疑問を提示している。これについては後述する。
 三首目は、「沈黙」を主題として歌が作られている。「雨」という言葉は、鬱勃とした情感を醸し出す措辞として成功している。この「雨」のイメージと共に、「一民族をかかる寡黙に戦わしむるもの」とやや破調気味に入る下の句には、破調が醸し出す音韻のよさのなかに、ベトナムにおける民族の無言の戦いが歌われている、ととるのがたとえば田井安曇の見解であり、正道だろう。
 しかし読者が感興を得るとすれば、この「一民族」の中に、ベトナムではなく、かつて同じように「寡黙」に戦った日本民族の姿を投影することができるからだと思う。「ことばの虚しさ」に「又耐えん」とする近藤の日本への戦争の意識がここでは「寡黙」という言葉で捉え直されている。われわれは無言で戦争をした、そういう思いが歌に吐露されているように私には感じられる。
 四首目は、「処刑待つ少年、兵にしてまなこ澄む」と区切って読みたい。補足すると、処刑を待つ少年(が)兵であって、そのうえ目が澄んでいる、という並列関係をあらわした上の句だろう。これはおそらくテレビで放映された少年の死の瞬間だろうと上田三四二は指摘している(「近藤芳美氏と『黒豹』」「短歌」1969年7月角川書店)。そのあと作者は大きく場面転換し、「忘れて寝ねん過ぎて行く死は」と非常にクールに死を捉えようとする。「少年」の澄んだ「まなこ」という清らかな存在を上の句で提示し、そのあとそれすらも「過ぎて行く死」にすぎないと断じるところにこの歌の非情の情の核心がある。おそらく幾度も「まなこ澄む」人間の死を見てきたのであろう、戦中体験を持った作者だからこそ書ける歌だ。
 四首目、「額あげて生き行く昼と夜の吾と」の表現からは、本業の建築家として額をあげて「未来」を目ざして働いている「昼」の近藤芳美と、「過去」の影を負い、「霧」のなかで舟艇を守るおぼろげな「兵」として、回想に苦悩する「夜」の近藤芳美という、二つに分断された作者像が提示されている。
 前掲の上田三四二の概略によれば、近藤芳美は大戦中、揚子江で上陸用舟艇を守る任務についており、護衛の工兵として現地民の反抗に怯えながら、自分が「異国の侵略者である」ということを常に意識して過ごさざるをえなかったらしい。さらに近藤の部隊はその後、大陸から太平洋に移り、敵前上陸をして全滅してしまう。しかし、それ以前に、近藤自身は胸部疾患の病兵として内地に送還されており、その敵前上陸の報を内地の病院で聞くことになった。近藤は、「侵略者」であると同時に自分自身が「戦場離脱者」であるという思いにも捕らわれていたという。 

 霧の夜ごと舷にめぐりし稲妻の記憶よ一生の逃亡者われ

 連作「霧の舷」は、おそらく妻と一緒に船に乗った体験に基づく、美しい叙景を紡ぎ出している一連だと思うが、ここにも「逃亡者」として一生を生きねばならないという苦い戦中体験が歌い込まれている。歌としては「霧の夜ごと舷にめぐりし稲妻の」で一回区切って読みたい。霧の夜の間に、船の舷をめぐってくる稲妻があり、その光る一瞬のなかに記憶が蘇ってくる。その記憶は逃亡者としての「われ」の記憶である。深く刻みこまれた逃亡者としての「われ」の記憶は、稲妻のひかりのように一瞬ごとにふとよぎっては消えてゆく。そういう情景を思い起こさせる一首である。
 このような苛烈な戦争体験によって苛まれた近藤の過去への痛みは、まさにベトナム戦争という遙かな遠くの「戦争」によって再び誘発されることになる。自身が体験した日本での戦争と、戦後に起こったテレビから見る遠い国の「戦争」。二つの戦争が共鳴する時、作者の痛みは掲出六首のように苦い実感となって読者の前に立ち現れる。この遠い国の「戦争」が持つリアリティを、岡井のように「生活者」としての立場が欠けている、というように断罪することはできるのか。
 私は読者として、たとえ近藤のいう「ことば」や「思想」が反戦思想に満ちていたものだったとしても、それが歌の持つリアリティをいささかも削ぐものにはならないと思う。戦争体験を通過していない私のような読者からは、例えばこれらの歌からは作者個人の「戦争」にに対する「体験」のリアリティを感じることができる。私は例えば岡井の挙げる、
 
 広島の夏来たりつつ墓をうつすひしめく墓は日本のもの

 ヘリコプター敵地に降りてなびくすすきいだく悲しみのすき透るまで
 
 といった歌を逆に良いとは思えなかった。『黒豹』は概念をぽんと提示するところに作者の痛みを感じ取るべき歌集であり、はるかなものへの憧憬、硬質な表現に魅力を感じ取るべき歌集だと思った。
 そういった方針で近藤芳美の歌のイメージを自分なりに咀嚼していくと、『黒豹』のなかには、概念を通過してイメージのみが非常に先鋭化した作品もかなり存在する。表題歌の「森くらくからまる網をのがれ逃れひとつまぼろしのわれの黒豹」は既に名高いが、それとは異なった、あたかも自身の体験を抽象化したような作品や、前衛短歌と同時代的に歌われたかと思われる作品も見受けられる。次に引くのはそのような作品である。

 孤立してゆくひそかなる時の推移空の制圧を告げ告ぐるとも

 月のおもて寂しき隕石のかげ曳くを思いて眠る霜告ぐる夜を

 帰休兵深夜の基地をはるか発つ虚空の音か雪深ければ

 一首目は「黒豹」の歌に匹敵するほど抽象度が増した歌だ。失敗歌と断じることも簡単だろう。しかし、連に即して読むと、具体物から発想されているのがわかる歌だ。前後の歌との関連から、この歌から読み取れるのは、もはや完全に純粋化された「雷雨の到来」である。作者は雷雨がやってくる空の「時の推移」の下に立っているのだと思う。「孤立してゆく」のは「われ」である。下の句ではさらに、「時の推移」の説明に移る。「空の制圧を告げ告ぐるとも」というのは、雷雨が次第に空を覆っていく様子を抽象的に表現している詩句だ。そう解釈すると、「われ」が雷雨の「制圧」のなかに「孤立」して空を見上げているという立ち位置の解釈が可能になる。こう読むことで、作者の「孤立」した心情が投影されると言えよう。また同時にこの歌は、「ひそかなる時の推移」のなかに、時代の移ろいや、ベトナムに代表される権力が弱者を「制圧」するという図式を読み取ってもいいのかもしれない(吉田漱『近藤芳美私註』1979年、愛育出版)。ここには具体を歌いながら、具体を突抜けて抽象化させるという近藤の概念歌の特色がよく出ているように思う。
 二首目、遙かなものに着目した歌だ。私はここに「おおはるかなる沖には雪のふるものを胡椒こぼれしあかときの皿」に代表される、塚本邦雄の「はるかなるもの」への憧憬と同質のものを読み取る。巻頭近くには、「火星の面(も)過ぎつつ伝え来る電波白き死火口のかげうつすのみ」「砂漠のかげ白くむなしく映りつつ彼の遊星の彼方の虚空」という、テレビが伝える火星や遊星というイメージが取り入れられた歌があるが、こちらの歌はそれよりもさらに想像の度合いが増している。作者はおそらく実体験として「月のおもて」に「隕石のかげ」が曳く様子などは一度も見たことがないはずである。しかし、ここには「はるかなとおいもの」として「月のおもて」に寂しき「隕石のかげ曳く」、というイメージが「想像」されている。そして作者がいるのは、「霜告ぐる夜」という完全に日常の世界である。「霜告ぐる夜」と「隕石のかげ曳く」というイメージは冷ややかに共鳴している。ベトナム戦争がテレビから伝えるはるかなとおい戦争であったように、近藤の詩心はこのようにはるかな遠いものとしての「隕石」や「火星」にも着目している。「はるかなとおいもの」を歌うという点で、近藤には塚本邦雄と同時代的に共鳴する詩心が感じられるように思う。
 三首目、現在では「虚空」という表現は大袈裟な表現として忌み嫌われる傾向にあるが、この歌では虚空も含めて新鮮な措辞が生きているように思う。まず「帰休兵」という措辞が斬新である。ここにあるのは近藤芳美の自画像としての、苦しみを負った「兵」が投影された姿ではなく、単に描写の対象として、戦争のさなかに一時の羽を休める優しく無力な「兵」の姿がある。その「帰休兵」が深夜の基地を飛行機か何かで出発しようとしているのだろう。歌としては三句切れ。「帰休兵深夜の基地を遙かたつ」まででは非常に断言的に、スタイリッシュに上句がまとめられているが、下の句の情感は微妙だ。「虚空の音か雪深ければ」の「虚空の音か」は自問自答である。そして「雪深ければ」というやや言い淀んだような結句、これは基地の様子ともとれるし、近藤が自室で雪の深さをみて詠嘆している様子ともとれる。私は近藤の自室ととった。下の句で「帰休兵」が「基地」を発つ音を「虚空の音か」と自問自答する様子は、作者の「体験」からはちょっと離れて、日常のなかで「はるかなとおい」音として「虚空の音」を想像し、雪の深さのなかでその微細な音を感じ取っているのだろう。リアリズムのなかに「はるかとおいもの」へのまなざしと、繊細な音を感じとる近藤の姿がある。
 一読すると確かに『黒豹』は、「生活者としての営み」に欠けた感触があるのかもしれない。しかし、同時に体験者としてのリアリティ、はるかなものへの憧憬に根ざした先鋭化したイメージが読み取れる。その体験や憧憬と言ったものに、私は深い感銘を受けた。『黒豹』は、生活詠が欠けているとして読み捨てられるべき歌集では決してない。むしろ遠いことを歌ったリアリティを読み継ぐべき歌集であると私は思う。
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